本日ここに、関東学院大学の11の学部、そして大学院博士前期課程、修士課程、博士後期課程の5つの研究科に入学された合計2867名の皆さん。今日から本学の一員となられる皆さんに「ようこそ関東学院へ」という気持ちで心から歓迎すると同時に、皆さんにお祝いの言葉を申し上げたいと思います。

 ご入学、おめでとうございます。

 また、本日ご臨席くださいましたご父兄の皆様、ご関係の皆様、このたびは、ご子息様、ご息女様のご入学、誠におめでとうございます。関東学院大学を代表いたしましてお祝い申し上げます。

 まずはじめに、大学院博士前期課程、修士課程に入学された皆さん。皆さんの多くは、関東学院大学の学士課程を卒業し、本学の大学院に進まれました。学部4年間の学び、特に研究室やゼミに所属した以降の学生生活、研究生活に大いに満足されたからこそ、より一層、「学びの質を高めたい」「より実践的な知識や技術を身につけたい」。そう希望され、進学を決意されたことと思います。本学以外の大学を卒業された皆さんにおかれても、関東学院の研究者、研究内容、これまでの研究成果、そして関東学院という教育・研究の場に魅力を感じ、数多くある大学院のなかから本学大学院を選ばれました。大いに歓迎したいと思います。研究者、技術者、実務家の卵として、最も実力と地力が付くのがこの2年間です。大いに研鑽を積んでください。そして常に大学に刺激を与える存在であってください。

 皆さんの活躍が大学院を活性化させ、それが本学の研究のポテンシャルやアクティビティを高めることは言うまでもありません。私たちもまた、皆さんが今、抱いている希望や期待、描いている将来像の実現に、十分に応えられるよう、指導教授としてだけでなく、研究者としても協力していきたいと思っています。大学院での経験を経て、皆さんが大きく成長し、皆さんの人生が大きく展開していくことを期待しています。

 次に、大学院博士後期課程に進学された皆さん。皆さんは、ご自身の研究生活の集大成として、あるいは、若き研究者として自立するためのスタートラインとして、それぞれの研究テーマをより深く突き詰めるために、人生の貴重な期間、あるいは、青春時代の最も大切な時間の、その大半を託しても悔やむことのない、生涯の師と仰げる指導者を見つけ、そして後期課程に入学されました。どうか何の迷いもなく、思う存分、研究に没頭する生活を送ってください。私たちもかつて学生時代、そうした生活を送ってまいりました。研究者の仲間として大いに皆さんを応援したいと思います。

 さて、あらためて、関東学院大学に入学された新入生の皆さん。今日は、皆さんが大学生として、新しい一歩を踏み出す記念すべき日です。「大学」という場所、「大学生」という言葉の響き、そして何より、関東学院大学で過ごす「これからの4年間」に、皆さんはどのような希望と期待を抱いているでしょうか。皆さん自身が、それを明確にするためにも、もう一度、何のために大学に入学するのかを、自分自身に問いかけてください。

 夢を持っていますか。ならば、その夢を実現するための学びを考えましょう。

 夢はまだ漠然としていますか。ならば、この4年間で夢を見つけるために、学びが必要です。

 くれぐれも皆さんに申し上げたいのは、この「夢」とは、決して「将来の職業」だけを指している訳ではないということです。大学に入って「こんなことがしてみたい」。そう思えることであればどんなことでも構いません。大学でこんな勉強がしたい。これも素晴らしい夢です。とにかく、夢に向かって一歩進んでみる。開ける方向が少し変わってくるかもしれないし、今の夢がより一層大きく膨らんでくるかもしれません。今、皆さんは無限の夢を膨らませることが許されています。そして、これから、皆さんが想像しているよりも遥かに沢山の経験をすることになります。将来、その経験を「素晴らしい経験」と確信できるかどうかは、まぎれもなく、これからの皆さんの気持ちや心がけ次第なのです。どうぞ、思う存分、「大学生としての生活」を謳歌し、大いに学び、教養と見識を深め、知識や技術を身につけていただきたいと心から願っています。

 先日、3月24日、この同じ国立大ホールにて、2016年度の卒業式が行われました。私は、その卒業式の式辞のなかで、「学び」を通して充実した学生生活を送ることのできた卒業生に対して敬意を表しました。一方で、「もし、在学中の学びを『少し疎かにした』と感じている人がいるとして、『社会に出るのを機に、心機一転、挽回しよう』と決意するのであれば、それは都合がよすぎる。今を疎かにするものにとって、挽回のチャンスはそうそう来るものではない。チャンスの到来が平等なら、それまでに努力を重ねた意味がない」。卒業生を送る式辞としては少しばかり厳しい言葉でしたが、そのように申し上げました。

 高等教育機関である大学の場合、その先に見えているのは「社会」です。そこでは否応なしに、皆さんがこれから身につけるべき力、本当の意味での実力で、自身の将来を切り開いていかなければなりません。これは現実なのです。

 これからの4年間は、その実力をつける大切な期間であるということを決して忘れないでください。ただし、この大切な期間を「準備期間」と表現してしまうと、世間ではまるで条件反射のように、次のステップである「就職」のための準備と捉えてしまい、ともすれば、就職に有利な資格や検定を探してみたり、どんな科目の勉強が社会で役立つのか、そうしたことばかりを考えてしまう風潮にあります。それは「準備」であって、「学び」ではありません。

 仮に特定の資格と直結している学部であったとしても、大学生活を就職という出口だけを意識した準備の4年間にしてよいはずがありません。実力とは決して、少しばかり計算技術に長けているとか、プレゼンテーション能力が優れているとか、そうしたテクニックではありません。もちろん、それらは、社会に出てから皆さんの助けになることもあるでしょうが、それよりも、大学生としての教養、見識、知性を一歩ずつ、着実に身につけ、磨くこと、これに勝るものはないのです。それは、この本を読んだからとか、この講義を受けたからとか、一朝一夕に身につくというものではなく、むしろ、物事に対して真剣に向き合い、知識や技術を修得しようとする継続的な行動を通して得られるものです。具体的に、どの知識などと指し示せるものではありません。ただ言えることは、「学ぶ」という行動の意味、「学ぶ」ことの楽しさを感じることができたときに初めて、大学生として、その年齢に見合った見識や知性が備わり、それが皆さんの「顔」に表れてくるものだと思っています。知性は間違いなく、皆さんの態度や表情に表れるものです。皆さんは大学生として、大いに「知的」でなければならないのです。

 先ほど、「『学ぶ』という行動の意味」と表現し、あえて「学ぶ意味」とは言いませんでした。「この学問を学ぶ意味は何ですか」、「この講義は何の役に立つのですか」という問いを耳にすることがあります。教育関係者やメディアからも、批判的な意味を込めて発せられることもあります。

 例えば、学生がこの問いかけを行ったとして、彼は、至極真面目に、論理的な質問をしていると信じているはずです。決してふざけたり、小馬鹿にした質問をしている訳ではありません。そして、説得力のある答えを得ることができれば「学ぶ価値があり」と判断して学びますが、納得できなければ学ばない。学ぶに値するか、値しないかの決定権は自分に属している。つまり、その学問が有用か、無用かの判断は、現在の自分自身の物差しで十分に可能だと考えている。その結果として、自己責任という聞こえのよい言葉に惑わされ、簡単に未来の可能性を捨ててしまっているのです。 私たちは、彼の問いに対して、学ぶことによって得られる利得を説明し、こんなによいことが待っていると機嫌をとり、経済合理性を動機とした学びを奨めるつもりはありません。これから学ぶことがどんな価値を持つか、どんな将来が開けるのか、それが分らないからこそ、学ぶ必要性があるはずです。

 学ぶことによって、皆さんにどのような変化をもたらしたのかは、一定程度学んでからでなければ、推し量ることはできないはずだからです。20歳前後の皆さんでは計ることができない価値があるから学びの意味がある、だから学びを疎かにしてほしくない、学ぶという行動の意義を理解してほしいと思っています。

 もちろん、大学生活の重要な要素として、新しい友人との出会い、社会との繋がりを意識した活動、学問との出会いや恩師との出会い、クラブやサークルといった課外活動なども大切にしてほしいと思います。大学生になって、やりたいこと、挑戦したいことは、皆、様々で構わないし、今、例に出したような、誰もが思いつくものだけとも限りません。学生としての見識の範囲内であれば、何にでもチャレンジできる。それが皆さんの特権ですし、それによって皆さんの大学生活は大いに充実すると思っています。

 ただ、そうであっても、仮に、学業以外の明確な目的があって入学したとしても、それでも「学ぶ」ということを抜きにした大学生活などあり得ないし、満足感も得られません。真剣に「学びたい。知識を得たい」と望んでいる学生にとって、その目的が叶うところ。真剣に「学びたい」と思う学生の目的を第一に優先するところ。それが大学なのです。

 「学び」に対する欲求の前では、高校までの学習歴の違いや経験値の差すら、大きな問題ではありません。私たちは、最高のスタッフを揃えて、皆さんに、この「学ぶ」環境を最大限に大切にすることをお約束したいと思います。

 過激な意見に聞こえるかもしれませんが、「大学で何かを得たい」「大学で真剣に学びたい」という学生や、それを応援しようとする大学の雰囲気に対して、「ばかばかしい」と笑う学生がいるとしたら、その者は、今すぐこの大学から去るべきだと考えています。

 お終いに、本学は言うまでもなくキリスト教に基づく教育を行う私立大学です。私立大学として建学の理念と明確なスクールモットー「校訓」を大切にしています。皆さんはこれから、関東学院の初代院長・坂田祐先生がおっしゃった「人になれ 奉仕せよ」という言葉に、様々な場面で触れることになると思います。「人になれ 奉仕せよ」。キリスト者としての坂田先生の言葉の意味とは別に、高等教育機関として、この校訓にどのような意味を込めるのか。「人になれ」の「人」の定義とは。人に「なる」とは何を意味するのか。そもそも何をもって「人」になれたと言えるのか、「奉仕せよ」の「奉仕」が意図することは何か。この答えが関東学院大学の教育のなかにあります。皆さんも、この意味を、時間をかけて考えてほしいと思います。

 これからの4年間を真剣に学び、身につけた教養や知識、技術を社会に生かすべき機会が必ずやってきます。その日までに、社会に貢献できる人になる日までに、あるいは、学びは永遠に続くのだと認識するときまで、学び続ける人であってほしい。

 私自身は、「人になれ 奉仕せよ」をそのように理解したいと思っています。

 ことさらに誰かのために、などと理由をつける必要はありません。自分のために、自分の大切な人のために、身近な人のために、そのもう少しだけ先に、社会はあるのです。ですから、懸命に努力し、自分自身を磨くことが、必ずや誰かの役に立つ日が来ると思うのです。

 大学で過ごす4年間は、案外と短いものです。しかし、その期間にあなた自身がどれだけ密度の濃い学生生活を送ることができるか、そのことによって、また一つ、また一つ、皆さんの夢の扉が開いていくのだと思っています。

 私たちは、皆さんが素晴らしい未来を切り開くことのお手伝いをするつもりです。

 その第一歩として、今日のこの日を祝して、あらためて、みなさんにお祝いの言葉を申し上げたいと思います。

 皆さん、ご入学おめでとう。

関東学院大学 学長    
規矩大義(きく・ひろよし)

投稿日時:2017-4-2 15:46:00

 
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