藤田 潤一郎

法学部
法学科
教授

基本情報

藤田 潤一郎

専門分野 西洋政治思想史
研究テーマ 古代ギリシャとイスラエルの思想
最終学歴 京都大学博士(法学)
学位 法学博士
研究キーワード 古代ギリシャ イスラエル 政治思想史

「人間とは何か」「人間の共同体はどういう意味を持ってきたのか」が研究の原点。

大学院生の時は政治学専攻、そのなかでもアメリカやヨーロッパの現代の政治思想を専攻していました。政治思想というのは、法学部と文学部の間にあるような学問です。大学院を終え、助手をした後、関東学院大学に勤め始めることになりました。勤め始めてからは、研究対象が次第に時代を遡っていきました。具体的には、古代ギリシアの哲学や旧約聖書解釈ですね。

なぜ、法学部の政治学専攻から出発して、哲学や聖書解釈に関心があるのかという疑問をもつ方がいるかも知れません。ここで、私の研究の原点を話さねばなりません。「人間とは何か」、「人間の共同体とはどういう意味を持ってきたのか」。これが、私が大学院に入った時からずっと持ち続けてきた問題意識です。「人間の共同体」の外に「政治」はありません。民主主義の始まりは、古代ギリシアの「政治共同体」(ポリス)の中で最も大きかったアテナイ(今のアテネ)です。「始まりに立ち戻る」ということを私は大事にしています。

そのため、現代の政治思想から出発して、古代哲学や旧約聖書に辿り着いたのは、私にとっては自然なことなのです。現代の思想であっても、それまでの思想の影響を受けています。時間を遡って根源的に考えていくと、2500年前の古代ギリシアや聖書の世界にも共同体があり、人間がいる。私と同じような問題意識を持っていた人たちがいたことに気づかされるのです。

思想史という分野は、様々な人の「思想」に触れるため、研究者であることと一人の人間であることが密接にリンクする学問です。私の研究は、学生を始めとした周囲の人に接する際のあり方にも影響を及ぼしています。思想史を研究し、世の中に発信していくことによって、現代の人を古代に誘っていけたらと思います。そして、思想史を通じて、「人間」や「生き方」について考えようとする人の手助けになれたらいいですね。

主要業績

    (著書)
  • (単著)『政治と倫理――共同性を巡るヘブライとギリシアからの問い』創文社 2004年
  • (単著)『存在と秩序――人間を巡るヘブライとギリシアからの問い』創文社 2016年
  • (共編著)『民主主義を考える─過去、現在そして未来へ』(編著 糠塚康江・藤田潤一郎)関東学院大学出版会 2010年
  • (共著)『創造する〈平和〉──共同性への模索と試み』(編著 糠塚康江・浅野俊哉)関東学院大学出版会 2008年
  • (論文)
  • (単著) 「徳川体制末期・明治初期知識人の思惟構造とその隘路──大久保健晴氏の著書を繙きつつ」『関東学院法学』第21巻第3号 2012年

社会で生きていく上で大切なのは、結論に至る道筋。

ゼミナールでは、「現代の日本政治」をテーマにしています。私は問題提起をしますが、私自身の見解を話すことはしません。教員の意見を押しつけるのではなく、ゼミ生たちが自由に考え、発言する場を提供して、自主的に学んでいけるように促しています。ゼミ生が主人公で、私がサポーターといったような関係性ですね。言い方を変えると、自分で調べ、考え、考えたことをもとに他のゼミ生と共に議論することで、多角的な視野を持ってほしいと願っています。世の中には、結論がすぐに見つからないことも少なくありません。大事なのは、結論に至る道筋です。すぐに結論を出すのを我慢して、みんなで考えるゼミをしてこそ、「発見する楽しさ」を学生に伝えることができるのです。

そのようなゼミナール運営をしているため、まだゼミナールに慣れていない学生が議論に参加する姿勢をあまり見せないときは苦労します。ただ、学生は意欲がないわけではなく、何をどのように発言していいのか分からない、他人に対して自分の意見を表現することが苦手である場合が多いです。そういうときは、私から補足的な情報提供、あるいは異なった視点をゼミ生に提供していくことで、ゼミの活性化を図っています。そこから、誰かが糸口を見つけ、皆が協力すればゼミは活性化します。

逆に、私がリードしなくても、ゼミ生だけでゼミを運営できるまでになったときは手応えを感じます。なので、ゼミナールだけでなく授業も、様々なタイプの学生と一緒に学びたいですね。個性豊かで多様性に溢れた学生が集まるほど様々な意見が出てきて、議論が盛り上がり、活発化しますから。

その様々な個性や考えをつぶさないようにして、学生の成長を見守ることが私の教育方針です。

 

担当科目

    (学部)
  • 政治学入門
  • 政治思想史
  • 学びの基礎
  • ゼミナール
  • 専門仏書講読
  • (大学院)
  • 政治学基礎講義
  • 政治学特殊講義
  • 政治学専門応用(演習)
  • 政治学特殊研究
  • 合同論文指導

「生き方としての哲学」を大事にしています。

入学したときは自信がなくても、自分を信じられるようになった学生を社会に送り出すことが、教育者としての私の役割です。それは、私の社会的な役割でもあります。もっとも、一方的に教えているだけでは、そのような役割を果たすことはできません。私の研究室には、お昼を食べに来る学生や、話を聞いてもらうために来る学生、悩みを相談に来る学生もいます。こうした日常生活での一コマも、私にとってはとても大事です。研究者として私は、古代の哲学者が書いた文章に向き合っていますが、古代の人間が書いた文章に誠実に向き合うことは、目の前の学生の悩みに真摯に向き合うことと関わっています。

フランスの高名な哲学者・哲学史家にピエール・アドという人がいたのですが、その人の「生き方としての哲学」という言葉を、私は大事にしています。「今日が人生の最後の一日と思って過ごすように」という言い方は、昔からあります。ローマ皇帝でストア派の哲学者でもあったマルクス・アウレリウスは、『自省録』の中でこのような意味のことを書いています。これこそ、「生き方の哲学」です。私自身、研究者としてあるいは教育者としてのあり方も、毎日が「生き方としての哲学」です。学生たちに向き合い、ともに学んでいます。

私はいつも学生に対して、どう生きるかという点に重きを置いています。私の大学生の頃までよく読まれた本の一つに、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)がありました。「君たちはどう生きるか」ということを学生に問いながら、私は授業やゼミナールを進めています。

取材・原稿作成 関東学院大学広報室