村上 裕

法学部
法学科
教授

基本情報

専門分野 西洋法制史
研究テーマ 神聖ローマ帝国における最高裁判権の研究
図像解釈学による法史研究
最終学歴 一橋大学大学院法学研究科博士後期程 単位取得満期退学
学位 法学修士
研究キーワード 法制史、ヨーロッパ、ドイツ、神聖ローマ帝国、イコノロジー

法は時代や政治ともにある。

 法学部に進学したことに明確な目的意識はありませんでした。「たまたま受かったから進学した」というのが正直なところ。「法学部だし、司法試験でも目指そう」と思って、勉強をはじめましたが、当時は実定法の勉強に面白みを感じられませんでした。そんなときに、恩師に出会いました。テクニカルに法を運用するのではなく、歴史を通じて法の理念や哲学など、根本的な部分に光をあてる学びがあることを知り、はじめて法学がおもしろいと思えたのです。

 長年取り組んできた研究テーマは、「近世ドイツにおける最高裁判権について」。今から約500年前のドイツは、領邦国家が寄り集まっていた神聖ローマ帝国の時代です。領邦国家の君主たち(以下、諸侯)と、神聖ローマ帝国の皇帝がそれぞれ権力を持ち、それぞれが帝国を担う存在として自負していた、二元的構造ともいえる国家統治の状況でした。

 この政治状況に宗教の問題が加わり、大きな混乱が生じます。贖宥状頒布に対するルターの批判に端を発する宗教改革は、宗教上の問題を超えた政治的な対立へと展開します。そのようななか、ドナウヴェルトという都市でカトリック信者とプロテスタント信者との間で暴力事件が起こりました。この問題を皇帝の裁判所で裁くべきか、諸侯たちによる裁判所で裁くべきかが、争われました。ハプスブルク家出身の皇帝はカトリックでしたから、皇帝の裁判所はカトリック信者の裁判官で構成されており、宗派の対立に関する事件が皇帝との裁判所で扱われるのか、それとも新旧両派が存在している諸侯たちの裁判所で扱われるかは裁判の結果に大きく作用します。この問題の紛糾が三十年戦争と呼ばれる、ドイツだけではなく広くヨーロッパ全体を巻き込む戦争の契機の一つにとなりました。

 こうしたなかでドイツの法に新たな変化が生じます。ドイツでは中世末から近世初頭にかけて、「ロ―マ法の継受」と呼ばれる大きな出来事が生じます。もともとドイツでは民衆の生活に根ざした慣習法が中心でしたが、中世イタリアで生み出された中世ローマ法学がドイツに流れ込んできます。法は学識的なもの、つまり大学で学び教えられるものとなり、裁判官も大学で法を学んだ者へと変化します。ローマ法の継受とはドイツ社会に、「法生活の学問化」と呼ばれる大きな変化をもたらしたのです。法学の中心となったのはローマ法でしたが、これは古代ローマ、とくに帝政期に完成したものです。したがって、ローマ法の命題には皇帝という絶対的な存在を正当化するものが多く存在します。しかし、先ほど述べたように近世ドイツにおける皇帝の地位はこれとはかけ離れています。そこで、ドイツの公法的諸関係はドイツの現状にあわせて考える必要があるという意識が生じ、そのようななかからドイツはローマ法の影響を強く受けているものの、ドイツ的法原理を見直す、あるいは新たに見出していこうとする動きが生じてくるのです。

 今日ではドイツ法と呼ばれるものにはローマ法の要素もあれば、中世ドイツに由来する原理もあります。また、近代以降の様々な要請から生み出されたものも多くあります。このことは、法が論理の産物ではなく、人間の経験のなかで生み出されたものであることを示しています。「なぜローマ法を導入したのか」や「時代状況に応じてどのように変化したのか」に注目することで、「法とは相対的なもの」ということを再認識できるはずです。

 歴史研究は当時の人々が何を考え、何をしようとしていたか、あるいは、なぜそうしなければならなかったのかを、真摯に見つめ直すことが重要であると思います。ですから、一次史料を用いて研究することが重要となります。そして、ドイツ法をはじめとするヨーロッパ法の歴史研究は明治期に西洋近代法の継受のもとに成立した日本法を今一度見つめ直すことにも繋がると考えています。

主要業績

    【著書】
  • (共著)『ようこそ法学の世界へ-法学部で学ぶ-』関東学院大学出版会 2013年
  • (共著)『概説西洋法制史』ミネルヴァ書房 2004年
    【学術論文】
  • (単著)「ヘルマン・コンリング-その生涯と業績-」『関東学院法学第11巻上』 2002年

ヨーロッパの多様性を見出す意義

 学生たちには、ヨーロッパの法制度がどのように成り立ってきたかを理解してほしいと思っています。法制度の成立過程に着目することで、ヨーロッパがいかなるものかが見えてくると思います。ヨーロッパはEUとして統合を目指したように、一つの共同体としての意識が強い地域です。しかし、その一方で自国の、あるいは民族の価値観の重視などにより、共同体の意識も常に揺らぎを持っています。ヨーロッパの法世界にも同じことが言えます。EU法に優先性を認めつつ、EU加盟国は自分たち独自の国内法を維持しています。私が若い頃は、ヨーロッパは感覚的に日本から遠い地域でした。ただ、情報技術の発展や交通網の整備が進んだ現代のグローバル社会では、両者間の距離はきわめて短いものとなりました。今の学生たちが活躍する将来の社会は、さらにその距離感は薄くなることは間違いないでしょう。共同体としてのヨーロッパと、多様な価値観が集まるヨーロッパ、それぞれを理解していなければ、良質なコミュニケーションをとることは難しいのだと思います。

 20世紀後半から21世紀にかける、EUの体制構築からもわかるように、ヨーロッパ統一への機運が非常に高まりました。一方で、2016年にはイギリスの国民投票では、EU離脱の結論が示しました。このように、ヨーロッパは変化しつづけているのです。これを理解していることは、グローバル化が進む社会で生きるための素養の一つではないでしょうか?

 学生たちは、変に斜に構えないでいてほしいのです。人の話を、自分の理屈で受け流すのではなく、正面から一度聞いてみることが大切です。その姿勢を保てる人は、何事にも真剣に取り組める人だと思うのです。大学でどう学ぶか?同じ4年間ですが、成長や吸収は人それぞれです。不器用でもいいから、真摯に物事を受け止め、多くを吸収する4年間にしてください。そして、法学部で学んだ人らしく、何事にもフェアな視点で物事を判断する人に成長してほしいと願っています。

担当科目

  • 西洋法制史
  • ヨーロッパの法と社会
  • ゼミナール
  • 合同論文指導
  • 学びの基礎
  • 西洋法制史専門応用(演習)
  • 西洋法制史基礎講義
  • 西洋法制史特殊講義

とっつき難い法へのハードルを下げていきたい。

 研究者ですから、まずは学術の世界で通用する業績を積み重ねていくということが、仕事の第一義だと思いますが、研究成果が同業者つまり研究者だけに向けられているのはもったいないという思いがあります。一般の人に理解をしてもらえるような内容で、多くの人々の知的欲求に叶うような書籍も、社会に出すことができればと思っています。

 以前に、同窓の研究者たちと共同で出版した『法と正義のイコノロジー』という書籍は、新聞の書評欄などにも取り上げられ、話題にしていただけました。私がこの本で担当したのは、「正義の女神はなぜ目隠しをして描かれることがあるのか」というテーマでした。一般に、目隠しは司法の場において「先入観を排除するべき」という理念の象徴だと言われています。この理解を間違いだとは言いません。しかし、いつ、どのような理由から目隠しが描かれるようになったのか、そこに目を向けると違う理解が生まれます。目隠しをした正義の女神がはじめて描かれたのは、15世紀末のこと。しかも、道化師が女神の目を隠そうとしている絵なのです。それ以前にも、女神は描かれていましたが、目隠しはありません。この絵が象徴するのは、当時の司法の堕落なのです。つまり、法を司る者たちが「盲目」であるということの暗喩です。当時、「盲目」という表現はポジティブに捉えられることはありませんでしたから、賄賂を受け取る裁判官、訴訟をわざと長引かせ報酬を多く得ようとする弁護士、これらの存在は正義の女神が目隠しされてしまい、事実に目が向けられていないことの現れとして描かれたのです。

 法の理念は正義です。そして正義が実現される場の一つが裁判所です。しかし、正義は抽象的で分かりにくいものです。そこで、裁判所などでは人々に正義のイメージを伝えるために、絵画や彫刻などの図像が用いられてきました。今日でも同様で、最高裁判所の大ホールには正義の女神像が飾られています(仏像を連想させるような姿です。ちなみに「目隠し」はありません。日本の司法は健全ということでしょうか)。法律や司法が発展する過程で表れてくる様々な事情や表現を、わかりやすく一般の人々に伝え、とっつき難いと思われがちな「法」に対するハードルを下げることも、研究者としての一つの役割だろうと考えています。

取材・原稿作成 関東学院大学広報課