さまざまなるデフォー

仙葉 豊 著(関東学院大学国際文化学部教授)

四六判・456頁・本体価格:3,000円

仙葉 豊 著  2018年3月30日発行

イギリス近代小説の起源に大きな役割を果したダニエル・デフォーは、曖昧な作家だといわれる。デフォーはさまざまな仮面を付け、さまざま声を借りて、数多くの政治的パンフレットや小説を書いた。本書は、そのような、さまざまなるデフォーの小説の多様性を追求する。

  • 序 章 「非国教徒処理の近道」と曖昧なるデフォー
  • 第1章 身の上相談と小説の起源
  • 第2章 幽霊実話「ヴィール嬢の幽霊」
  • 第3章 デフォーにおけるフィクションの始まりと終わり
  • 第4章 クルーソーとガリヴァー―実話からフィクションへ―
  • 第5章 疫病小説『ペスト』
  • 第6章 『モル・フランダース』のカズイストたち
  • 第7章 『カーネル・ジャック』とピカレスク小説の変貌
  • 第8章 アンチ・ロマンスとしての『シングルトン船長』
  • 第9章 『ロクサーナ』と悪魔の誘惑
  • 第10章 「ジョナサン・ワイルド」と犯罪小説
  • 終 章

発行所:関東学院大学出版会 / 発売:丸善株式会社 / 2018年3月30日発行

【書評】
評者: 関東学院大学国際文化学部英語文化学科教授 安藤 潔

 文系の学界では顕彰、褒賞の類はほとんどなく、論文の引用回数も意味がない。研究が公に報いられるのは学位授与やレフリー制をとる学会誌掲載くらいしかない。このような中で日本英文学会の新人賞が比較的以前から存在する。仙葉氏はこの賞の第一回の受賞者の一人で、その名は当時から評者の記憶に残っていた。縁あって同僚となってからの同氏唯一の不思議は単著がないことであった。共著出版物は数多あり、同氏の学識の高さだけでなく、広い交友関係も推し量られた。この不思議を解消したのが、退職間際に残された本書である。2009年に大阪大学に提出された学位請求論文をもとにしており、全体は仙葉氏のデフォー研究の集大成である。新人賞受賞論文も組み込まれ、第3章をなし、また第1章は評者が編集した論文集寄稿の改訂転載で、旧同僚としては慶賀に堪えない。学位論文自体が当時までの仙葉氏のデフォー研究をまとめたものと見受けられるが、示唆した二つの章の他、各章が含蓄深いデフォー論・同作品論で、本書は我が国におけるこの分野研究の重要文献の一つといえよう。

 「さまざまなる」という形容詞は1958年に発表された宮崎芳三氏の「あいまいなるデフォー」(『英国小説研究IV』篠崎書林) を捩ったもののようである。デフォーに関しては一般的に『ロビンソン・クルーソー』が最も知られ、わが国では翻案された児童書として有名だが、本来文学史的には英国小説草創期の筆頭をなす作品である。一方作品論的には、同書が大航海時代の末期を受けた、英国の海外進出時代の名作海洋漂流物語であり、同時に英国非国教会系プロテスタントの価値観が現れているとか、フライデーとの関係にコロニアリズムを読み取る等々と様々な研究が重ねられ、それぞれの面からすでに誰しも認める評価が定まった名作である。

 一方専門家の間では、デフォーの総体的な活動を見れば、この作家がジャーナリスティックとかディセンターだとか簡単に割り切れない、曖昧なところが多いという指摘はすでに20世紀の半ばから出ている。これが単なる曖昧さではなく、デフォーが時代とキャリアごとに「さまざまに姿を変える海神プロテウス」のような多彩な面を示してきたとされてきた。本書においては、「さまざまなるデフォーの小説の多様性」(p. 381)が、このテーマを追求してきた仙葉氏の半世紀近くに亘るデフォー研究の一つの結論といえよう。論旨の展開においては、デフォーの小説の多様性のみならず、同時代の『ガリバー旅行記』のスィフトも論じ、さらには次世代となるフィールディングにも考察が及び、また同時代のホガースの版画も絡めて英国小説の創成期に関して論じている。

 デフォーは英国近代小説の祖というだけでなく、古くから経済学や歴史学の分野からも着目があったが、わが国では手薄であったその小説論が本書において本格的にほぼすべての作品に渡り論じられている。こうして本書は各章を通じて、18世紀初頭には「虚言」と見なされがちであったフィクションが、デフォーによって変質、発展し、社会的価値のある近代小説(Novel)の成立が図られた功績を、隈なく明らかにした重々しい成果といえよう。