7月5日(金)、横浜・関内キャンパステンネー記念ホールにて「アカデミックな観点から考える、現代の出版文化と社会現象」をテーマに公開討論会を開催しました。ゲストに株式会社文藝春秋取締役 新谷 学氏をお招きし、本学からは文芸評論家でもある国際文化学部の富岡 幸一郎教授、また、長年日本テレビにて番組企画やブランディングを手掛けてきた経営学部の岩崎 達也教授が登壇し、文藝春秋のジャーナリズムや情報化社会における”言論の自由”について討論しました。
冒頭、富岡教授が「親しき仲にもスキャンダル」という新谷氏の言葉を紹介すると、新谷氏は「しかし、スキャンダルにも礼儀ありということを大事にしている。スキャンダルというものは、突き詰めればすべて人間の業によるもの。そんな人間という生き物に私は昔から愛着があるため、どんなスキャンダルであっても人間への敬意を払うことを大切にしている」と述べました。これに対し富岡教授は「週刊誌の記事は、活字文化の中で形成されたルールに則り取材対象者の業を書いている。これをSNSでの誹謗中傷と混同してはいけない」と応えました。
続いて新谷氏は、『文藝春秋』創設者である菊池 寛の「私は頼まれて物を云うことに飽いた。自分で、考えていることを、読者や編集者に気兼なしに、自由な心持で云って見たい」という創刊の辞の一節を紹介し「今のメディアは人から頼まれて物を言うことに慣れすぎているのではないか。長いものに巻かれたほうが、自社の利益が大きくなることは目に見えているが、それでは世間からは信用されない。だからどんなに取材対象者と親しい間柄であっても、ファクトの裏付けがある不祥事とあらば必ず記事にする。文藝春秋は相手に忖度して得られる目先の利益を追うメディアではなく、誰かが事件の当事者になったときに”文春なら忖度せず記事にしてくれるはず”と最初に思い浮かぶメディアでありたい」と今なお菊池 寛の志に共鳴し、人間の業を書き続ける文藝春秋の思いを語りました。
これに対し岩崎教授は、「親しい相手の不祥事を公にしたことで一時的に関係性が途切れても、その記事にファクトがあるから人間関係を修復できるのだろう」と新谷氏の取材対象者との関係性に驚きつつ「”忖度しないこと”つまり”何をやり、何をやらないか”を企業戦略として実現していることが純粋にすごい。一企業として、取材対象との付き合い方の軸を決め、徹底していることがわかる」と述べました。
新谷氏がユーモアを交えながら語る数々のスクープ秘話に100名を超える来場者から時折笑いや驚きの声があがる中、約2時間にわたる公開討論会は”言論の自由とは何か”という大きな問いに行きつきました。岩崎教授は「”言論の自由”を再定義しようと、ルールを作った瞬間に自由は失われてしまう。一方、一昔前より情報を発信するメディアやチャネルが増えたため、テレビで発信したことをSNSで批判するといったメディアを縦断して場を荒らす人がいるのも事実。どんな媒体であってもメディアは何らかの意図をもって編集されているため、自由な言論を維持するにはその意図や文脈を解釈するための価値観、教養をもたなければならない。そのうえで、一人ひとりが分をわきまえて発信することが大切なのでは」と改めてメディア・リテラシーの重要性を指摘しました。
新谷氏は「動画配信サービスやSNSなどが普及した現代において、発信する者も受け取る者も総じて、情報のファクトへの関心が薄れている。情報がフェイクであっても拡散さえすれば発信者の利益になるため、事実でない情報発信にも”言論の自由”があると誤認した主張は非常に危険である。自由な言論には必ず責任が伴う」と警鐘を鳴らし「自らの価値観を広げるためには、まず今の価値観を疑うことが大切。例えば日頃からネットで関心のあるニュースばかり閲覧していると、次から次へと類似したニュースが表示され、インプットする情報に偏りが生じてしまう。そのため、普段は手に取らないような刊行物をあえて読み、議論を交わすことで自分とは異なる価値観や意見に対してどれだけ許容があるのか把握し、その幅を広げることも教養の一つ。絶対悪や絶対善といった二項対立的な考え方ではなく、日本人らしいゆるさを忘れず多様な価値観を許容できたらよいのでは」と語りました。
これを受け富岡教授は「私たちひとり一人の価値観や教養は生身の人間同士の対話によって培われるものに他ならず、情報化社会においても変わらず活字文化に親しみ、価値観の異なる人と繰り返す対話こそ言論の自由を維持するために必要不可欠である」と締めくくりました。
関東学院大学は、今後も新たな知のムーブメントとなるシンポジウムを開催していきます。
PROFILE
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新谷 学(株)文藝春秋 取締役 文藝春秋総局長
1964年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。1989年文藝春秋に入社。
「スポーツ・グラフィック ナンバー」編集部、「週刊文春」編集部、月刊「文藝春秋」編集部などを経て、2012年4月「週刊文春」編集長に就任。2018年より週刊文春編集局長として、新しいビジネスモデル構築に従事。2021年7月「文藝春秋」編集長(執行役員兼務)。2023年6月取締役 文藝春秋総局長就任。
著書に『「週刊文春」編集長の仕事術』(ダイヤモンド社)、『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』(光文社)などがある。 -
富岡 幸一郎関東学院大学 国際文化学部教授・文芸評論家
1957年、東京都出身。中央大学文学部仏文科卒業。1979年「意識の暗室 埴谷雄高と三島由紀夫」で、第22回群像新人文学賞評論部門を21歳で受賞。以降、そのキャリアを生かし、文芸評論家として活躍。
著作に『内村鑑三』(中央公論新社)、『使徒的人間 カール・バルト』(講談社)、『危機の時代の宗教論 』(春秋社)、『入門三島由紀夫 文武両道の哲学』(ビジネス社)、『石原慎太郎 時の時』(ビジネス社)等がある。神奈川近代文学館理事。 -
岩崎 達也関東学院大学 経営学部教授
1956年、群馬県出身。1981年博報堂に入社。コピーライターとしてカネボウ化粧品、サントリー、JRA、ブリヂストンなどの広告企画・制作。1992年日本テレビに転じ、編成部番組企画、宣伝部長、編成局エグゼクティブディレクター、日テレアックスオン執行役員などを歴任。日本テレビブランディング統括。
2015年より九州産業大学商学部教授、2018年4月より現職。
著書に『日本テレビの、1秒戦略』(小学館新書)、『メディアの循環 伝えるメカニズム』(生産性出版)等がある。「読売広告大賞」、「グッドデザイン賞2001」等受賞。
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