研究報
Research Expectations
特集:防災・減災・復興学
研究報
Research Expectations
特集:防災・減災・復興学
水井 潔 KIYOSHI MIZUI
理工学部理工学科情報学系教授
学位:工学博士
専門分野:情報通信工学、高度交通システム
元木 誠 MAKOTO MOTOKI
理工学部理工学科情報学系教授
学位:博士(工学)
専門分野:知能情報学、ソフトコンピューティング
私たちは何気なく暮らしている中で、実に様々な科学技術に支えられています。数多くある科学技術の中でも、昨今よく耳にする情報通信技術や自動運転車、これらの研究を専門としているのが、理工学部教授の水井潔です。「平たく言えば“無線通信の応用”を行っています。特に興味を持っているのが、車と車の間で行う『車車間通信』というものです」と話す水井は、通信と距離計測(測距)を同時に行うオリジナルの方式を提案して、実社会における安全運転支援で役立てることができないか検討を続けています。
また、科学技術の話題としてよく聞く分野には「ロボット・人工知能」もあります。こちらは同じく理工学部教授の元木誠が専門としている分野です。「知能ロボティクス」を専門とする元木は、いかにロボットを賢くするかということについて日々探求を続けています。
「今は『ニューラルネットワーク』と言って、生物の神経細胞をモデル化してロボットの制御や人工知能に応用しましょう、という研究を行っています。最近よく耳にする『ディープラーニング』は、その応用版とも言えるものです」。
今をリードする研究を進める2人ですが、現在のテーマについて研究を始めたきっかけはとても個人的なものだったようです。今から30年近く前、研究者としてキャリアをスタートさせた水井は、当初違うテーマを扱っていました。しかし、ある日交通事故にあった恩師から「自動車に通信を使うことができれば、事故を減らせるのではないか。一緒に研究しないか」と誘われたことがきっかけで、研究テーマを変更します。
「当時すでに自動車メーカーや道路・交通を所管する官公庁では、近未来の安全な交通を支えるための研究開発が行われていました。しかし、一般的な大学で研究を行うようなものではまだありませんでした」。
そこで水井は、所属していた学会で仲間と一緒に「ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)研究会」を立ち上げ、以降はライフワークとして研究活動を続けるようになります。
一方元木は、小さい頃からコンピュータに興味を持っていたと言います。
「元々ソフトウェアに興味があって、人工的に知能を作れないか考えていました」。高専に進学してロボコン(全国高等専門学校ロボットコンテスト)に参加したこともあり、だんだんとハードウェアも扱うようになります。ソフトとハードの両方を学んだことで、“ロボットをもっと賢くさせるには?”という思いを抱くようになった元木は、大学院でニューラルネットワークの研究を行い博士の学位を取得します。
「ロボットをうまく動かすにはハードとソフトの両方がわかっていないと制御できません。今は理工学系の技術の集合体としてロボット全般を扱っています」。
技術研究の行き着く先は、社会実装された姿といっても過言ではないでしょう。元木が考える“賢いロボット”が目指す理想の未来は、SF小説や映画の世界に近いようです。「これまで見てきたアニメや映画で出てくるロボットのイメージが強いです。無意識にかもしれませんが、その姿に現実を近づけようとしている気がします」と話す先には、ロボットの概念すらも変化する可能性を秘めています。
「入力があって出力するというシステム全般を『ロボット』だとすると、様々なものがネットワークで繋がったIoT(Internet of Things)という状態はさながら巨大なロボットと言えます。自動化できるものは全て人工知能に置き換えることだってできるようになります」。
今や、人間が手で打ち込んだプログラムよりも“学習”させた人工知能の方が優れた結果を出力することも増えてきました。人工知能は学習すればするほどイレギュラーな状況に強くなるので、より汎用性の高い使われ方をするようになると期待されています。
また、ネットワークで繋がる「様々なもの」の中には、移動している自動車も含まれるようになるでしょう。自動車の通信技術がもたらす交通安全は、高齢化が進む日本を救うと水井は考えています。
「自動車の事故リスクを0にはできませんが、便利だからこそ私たちは日々使っています。社会全体の高齢化が進むと被害者と加害者、そのどちらにもなるリスクが増えます。そのためできるだけ早く精度の高い通信技術が支える自動運転技術を実装することで、リスクを減らすことができると考えます」。
通信工学や知能ロボティクスという分野は、非常時・緊急時にも大きな可能性を秘めています。例えば、これまでの大規模災害発生時には、交通インフラがたびたび麻痺状態になっていました。
「周辺環境や前後の自動車との通信が実現すると、避難誘導や復興時の物流の流れを円滑にできます。また、災害状況や安否情報も含めて、自動車が情報取得のハブになることもあるはず」と水井は力を込めます。
また、様々なセンサーを駆使して得た空間情報を用いれば、人工知能によってその場で最適な判断ができるようになります。もしインターネットが断絶していても、Bluetooth通信機器を使って狭い空間内で構築できるアドホックネットワークを作れば、人工知能を応用できるはずです。
「災害時に行政が情報を集めて一つひとつ対応するのは人手にも時間にも限界があります。インターネット通販のリコメンドのように、その場から出るリアルタイムな声を収集し、人工知能によって反映できるようなシステムは、防災や復興の場で役立てることができるはずです」と元木は話します。
急速に進む情報化・ネットワーク化の中において、互いの研究は関わりを深めています。「自動車だって人工知能を搭載する時代が来ます。そのうち、人に任せるよりも安全なだけでなく『安心』な自動運転車が登場するかもしれませんね」と水井は話します。
しかし、人工知能や自動運転車が社会で活躍するには、まだ残されたハードルがあるのも事実です。これまで世になかった技術の、安全性や倫理的観点を問うには、多くの人の意見を集めて議論する必要が出て来ます。近年、人とロボットや人工知能の距離がドンドン縮まって来ているのは多くの人が感じているはずだと元木は強調します。
新しい技術は、使い方一つで悪用もできてしまいます。もし社会実装を目指すのであれば、同時に倫理面や法律面の議論も重要です。『技術的に可能』というだけでなく、使う側の心理や社会情勢も考えることが大切になりますから、他分野と連携するということは重要ですね」。
※本記事は2018年3月に作成したものです。