研究報
Research Expectations
特集:進化する表面工学
研究報
Research Expectations
特集:進化する表面工学
コルドニエ・クリストファー
Cordonier Christopher Ernest John
材料・表面工学研究所 客員研究員
学 位:博士(理学)
専門分野:物理学、有機化学、材料工学、表面工学
渡邊 充広 MITSUHIRO WATANABE
関東学院大学 総合研究推進機構 教授
材料・表面工学研究所 副所長
学位:博士(工学)
専門分野:電気・電子材料工学、表面工学
近年加速度的に進歩を遂げる、再生医療の世界。今では培養した自分の細胞を使った治療も現実のものとなりつつあります。しかし、課題も多く残されています。その一つが「複雑な形状を再現できない」というものです。細胞を培養する際、シャーレのような平らな環境で行うことがほとんどであり、どうしても培養された細胞は平面的な構造になってしまいます。
たとえ万能細胞と言われるiPS細胞(人工多能性幹細胞)でも、現状では立体的な形状を再現することがとても困難なのです。この問題の解決に結びつくような研究を進めるのが、客員研究員のコルドニエ・クリストファーです。表面処理技術と細胞、一見すると関係なさそうに聞こえる二つの技術を結びつけたのは「金」の存在でした。
細胞は周囲の環境に敏感で、少しでも条件が悪ければ培養できません。金は生体への影響がとても少ない金属で、これまでも細胞培養シート上には金薄膜が使われてきました。これまでめっき技術では途中で生体不適合な物質を使うため、“ドライプロセス”と呼ばれる手法で薄膜生成を行っていました。
かしこの手法は装置が大掛かりで、かつ複雑な形状の物体への薄膜生成が難しいという弱点があったのです。クリストファーが取り組んだ研究は医学的に問題がない材料だけを使った「飲める金めっき」とも呼べるものでした。「人体に使って毒性がなくても、細胞はもっと敏感。悪くないものではなく、むしろ使えば体が健康になるような物質を使ってみました」とクリストファーは話します。
開発しためっき技術を3Dプリンタで再現した型に施し、表面に細胞を培養したのち、剥がして移植できるかどうかについても横浜国立大学などとの共同研究が進んでおり、現在とても良い結果がでています。「違う仕組みのめっきが作りたかったというきっかけで始めた研究ですが、この研究所で他分野と結びついたことが成果に繋がっています」。
鋳型を用いた細胞シート作製法
手、足、顔、体、そして体内に至るまで人の体は常に色々なものに触れています。ということは、人体が触れる様々な物質の“表面”についての処理・加工技術は、私たちの生活や日々の健康に多くの影響を与えることになります。クリストファーとともに生体へのめっき技術の応用に取り組む研究者が、教授の渡邊充広です。渡邊はクリストファーとの研究以外にもプリント回路基板に対するめっきの新技術開発や電磁波や光を透過できるめっき皮膜の開発、ガラスに対する高密着のめっき技術開発、様々な発色を可能にする銅めっきの開発、蓄光できるめっき皮膜開発など、現在、複数のテーマの研究を手がけています。その中でも今中心に取り組んでいるのが、oT(Internet of Things:もののインターネット化)、特にウェアラブルな(身につけられる)ものに関連する技術です。
「ウェアラブルデバイスの良さは、常に身につけておくことで様々な生体情報を苦労なく取り続けることができることです。昨今の展示会などでは体に貼るタイプのものが多いのですが、どうしても装着時の違和感が拭えない。そこで繊維そのものに対するめっきを可能にしてみました。今の課題は洗濯に耐えられるかですね」と渡邊は笑います。
身に付けるものであればなんでも研究対象になります。今始めているのはなんと入れ歯だと言います。「ますます増える一人暮らしのお年寄りが普段身につける入れ歯を使えば、日々の生存や健康を確認できますよね。通信システムを入れるならどんな樹脂を使ってどう表面加工をしよう…など、さらに、雑菌のセルフクリーニングのための表面処理について神奈川歯科大学や企業と連携して進めています」。かつては産業界に身を置いていた渡邊は、大学と企業の持つ役割を強く意識しています。
「大学は0から1を生み出すのが仕事。10にするまでは共同しても、そこから100、1000と社会に展開するのは産業界が頑張らないと。だからこそ、興味を持ったりニーズを感じたりするとすぐ飛びつくし、同時進行で研究を進めるのは染み付いた癖みたいなものです。
クリストファーと渡邊、二人とも同じめっきという表面処理技術の研究者ですが、二人が取り組む研究の先には、とても幅広い世界が広がっています。この先、どのような未来が二人には見えるのでしょうか。「日本において高齢化は避けられません。今の社会基盤を維持するには経験豊富な年配の方々が健康年齢を維持して、長く頑張っていただくことが大事になります。もちろん若年層も健康の維持管理は大切です。そのために例えば血液検査や発汗量測定などこれまでは手間をかけていたセンシングを簡易にいつでも可能にする技術などで支えることができれば、医療と工学の連携はどんどん活発化しつつありますよ」と渡邊は力を込めます。再生医療の分野も今後ますます発展が期待されています。クリストファーもさらなる今後を見据えています。
「健康維持だけでなく、病気になったとしてもできるだけ辛さを感じることなく治療できるようになるのでは。さらに病気の事前予測もできるようになるかもしれません。QOL(quality of life:生活の質)の改善に繋がる研究がしていきたいですね。
※本記事は2018年8月に作成したものです。