研究報
Research Expectations

P10

特集:進化する表面工学

3.研究とものづくりを繋ぐ架け橋に

P10
INTERVIEW 03 研究とものづくりを繋ぐ架け橋に
盧柱亨教授_インタビュー写真

盧 柱亨 ノ ジュヒョン
Noh, Joo-Hyong

関東学院大学 総合研究推進機構 教授材料・表面工学研究所 所員

学位:博士(工学)
専門分野:電気電子材料・デバイス工学、表面結晶工学

情報化社会に必要な技術を支えたい

私たちの日常は、この10年ほどで劇的な変化を遂げました。この変化を生み出した中心的存在が、世界を繋ぐ情報ネットワーク「インターネットとモバイルデバイス」です。今後も変化は止まることがないと考えられています。
2009年に約25億台だったインターネットに繋がるデバイスは、2020年には約530億台にまで増えると予測されています。また、多くの端末はPCからモバイルデバイスに変化するとも言われています。小型で高性能な通信デバイスに必要な技術とは何なのか、盧柱亨(ノ・ジュヒョン)教授は、さらに高度化するICTが活用される社会に向けて、材料工学の側面から深く関わるための研究を行っています。
「モバイルデバイスからウェアラブル(身につけられる)デバイスへの発展により、電子機器の高性能化と小型化が必要とされます。ここに研究所が得意としている材料と表面処理技術がとても重要な役割を担うわけです」。今行っている研究の一つに、省電力で温度安定性の高い「量子ドットレーザー」を使った網膜照射型プロジェクタがあります。「ウェアラブルデバイスには、電源の軽量化という問題がつきまといます。レーザー光を生み出すにはエネルギーが必要ですので、小さいながらある程度のエネルギーは確保したい。また光を生み出す部分も小さくしなければなりません。大学だけでなく企業などと連携して研究開発を進めています」。

過去の教訓から得た産学連携の心得

盧は元々、量子ナノ構造を用いた半導体レーザーの研究を行っていました。しかし、関東学院大学に着任する前には、苦い経験をしたといいます。「世界に先駆けて緑色の半導体レーザーの開発に成功し、産学連携という形で大学発ベンチャー企業設立の主要メンバーになりました。しかし、研究ばかりしていた人たちでは、コストを合わせることができなかったのです。当初は高くて売れず、値段を下げると売れはしたものの次は原価を割ってしまいます。結局売れるほど困るという状態になりました」。研究開発から商品化までこぎつけることはできても、そもそも研究の世界とビジネスの世界は別だと思い知ります。「発色もいいし電池持ちも素晴らしかった。とても素晴らしい技術だったが量産化するにはコストがかかりました。研究者はこのコストを考えられないんです」。研究者は、ものを作り出す理論と技術は持っていても、研究者だけで「ものづくり」はかなり難しいと盧は言います。「逆に企業に技術をただ渡しても、応用方法を考えるのに時間がかかります。研究者にも企業にもそれぞれの役割がありますから、互いが力を合わせて、本当に腹を割って話し合うことが必要です」。

研究者だけでは「ビジネス」は難しい研究者と企業が力を合 わせることが必要

全てが繋がる世界に必要な技術を探る

元々はディスプレイそのものに興味があったものの、韓国から日本へ留学する際に、より高性能のディスプレイの“材料”についての研究をすることになった盧は、過去の教訓を糧にしながら、来たる未来に貢献するための電子材料と表面処理技術の研究を続けています。「大学の研究室で生まれた理論と知識が、企業の持つものづくり技術とコラボレーションすることで、社会にきちんと活用されることが私の夢なんです」。今声高に叫ばれるIoT(=Internet of things:もののインターネット)ですが、盧はその先にくる世界を想像しています。「遠くのものと早く繋がるブロードバンドではなく、もっと狭い領域でいいので必要な時だけ最小限のエネルギーで繋がる『ナローバンドIoT』が重要になると考えています。また、繋がるものはりとあらゆるものですから、IoE(=Internet of Everything:全てのもののインターネット)と言えます 」。
IoEの世界で重要になるのがウェアラブルデバイスの存在です。全てのものがごく近い領域で互いに通信し合って膨大な情報を共有していく世界……、そこに必要な技術とはどんなものなのでしょう。
「私たちが扱う情報量は、数年経てば数桁単位で増えていくと考えられています。情報を処理するための半導体技術、ビッグデータと呼ばれる多くの情報を素早くやり取りするための通信技術、人の五感と代わるように様々な信号をキャッチできるセンシング技術やディスプレイ技術、今乗り越えなければならないハードルは何なのかを研究者一人一人が悟らねばなりません。賢い人が黙々と研究する時代から、みんなで協力して難問に取り組む時代になっています」。どんどん変化する社会の中の、目には見えないところで、関わった研究結果が役立つ未来を盧は見据えています。

※本記事は2018年8月に作成したものです。