研究報
Research Expectations

津久井先生3

特集:SDGs(持続可能な開発目標)

4.持続的な農業が、持続的な砂漠化防止や緑化に繋がる

津久井先生3
INTERVIEW 05 持続的な農業が、持続的な砂漠化防止や緑化に繋がる
津久井先生1

津久井 学 MANABU TSUKUI

栄養学部管理栄養学科 准教授

学位:博士(生物産業学)
専門分野:食品学、食品科学

粘る種「サーホウ」との出会い

緑に覆われた大地が、植物の育ちにくい状態へと変わっていく「砂漠化」は、地球規模での環境問題の一つとして知られています。栄養学部の津久井学准教授は、この「砂漠化」を食い止めて緑化に大きく貢献する可能性を秘めた、ある植物の種について研究を進めています。その植物の名は、中国北部・内モンゴル自治区に自生するキク科ヨモギ属の植物「サーホウ(沙蒿)」といいます。津久井准教授のもとに種が持ち込まれたのは、2013年のことでした。

「この種は水に膨潤すると、ほんの数分も経たないうちに糊のような粘り気を出します。砂漠にまいた種が水を含むと、粘り成分が周囲の砂を固めて地面の流動を食い止めるのです。さらに粘り気を帯びた砂は保水力も上がるので、植物が生えるようになるんです」。

少しの降雨でも即時に粘り気を出せるサーホウの種は、砂漠を緑化していく初手として有力な植物であることは間違いありません。しかし現地に自生しているのにも関わらず、全く栽培されていないのです。これには訳があると津久井准教授は続けます。

「実は、有効な利用価値が見出されていないんです。さらに周囲で飼われる家畜がすぐ食べてしまうため、簡単に栽培もできない」。
そこで、サーホウ特有の粘り成分を何か生かすための活路を見出せないかという依頼が、食品の粘りを専門とする津久井准教授の元にきたのです。

活用できるのは粘り以外も

日本の食文化において「粘り」は、とても重要な役割を果たします。津久井准教授はサーホウの粘り成分を、食品に粘りを生み出す増粘剤として有効利用できないかと考えました。先行研究は多少ありましたが、事例によって粘りの構成成分など全く異なっておりよくわからなかったため、粘りを生み出す成分の分析や温度・pHを変化させるとどうなるかなどを一から徹底的に調べたと言います

「粘りだけでなく、粘りを取り去った後の種に含まれる油成分が大豆油に近いことも突き止めました。さらに油を絞った後に残るタンパク質も、植物性タンパク質として活用できるかもしれません。今はサーホウ独特の香り成分を抽出し、香料として利用できないかという研究も進めています」。

たとえ増粘剤として有効利用できたとしても、日本と現地を往来するコストなどを考えると、現状ではまだ経済的な現実味は薄いようです。しかし、増粘剤、油、植物性タンパク質、香料という合わせ技で活用できるとなれば採算ベースに乗せられる可能性もあると津久井准教授は考えています。

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秘めたる価値は皆を幸せに

秘めたる可能性を持つ砂漠に自生する植物は、サーホウ以外にもたくさんあります。

「例えばクコの一種(黒クコ)には、アントシアニンという色素が多量に含まれています。砂漠のオアシスのような塩害地に生えるアッケシソウ(サンゴソウ)はミネラルを多く含み、ヨーロッパだと“シーアスパラガス”とも言われて食用にされますが、内モンゴルでは見向きもされていません」と津久井准教授は話します。

砂漠地は植物にも人間にも厳しい環境です。産業的な付加価値がどんどんつかないと、現地での植物栽培には繋がりません。研究の口火を切ったサーホウは、今では興味を示す民間企業も複数現れており、現地に視察へ行く会社もあると言います。

「収穫効率が悪ければ産業にはなりません。ちゃんと畑を作って環境を整え、そこで収益が上がれば栽培は長続きします。持続的な農業が、持続的な砂漠化防止や緑化に繋がるのではないでしょうか」。

砂漠化は黄砂やPM2.5にも関連が深いとされます。砂漠の緑化は、日本に住む私たちにとっても大事な話です。また、農業の持続性という面でも私たちと関わりがあるようです。

「国内の農業従事者は減少の一途をたどり、持続的ではありません。食を生み出すためには、誰かが負担を背負いこむのではなく、関わる全員が持続的に幸せを得られるようなシステムが必要です。そのために私たちは、目の前のターゲットが秘める新たな価値を洗いだしたいのです」。

※本記事は2019年7月に作成したものです。