研究報
Research Expectations

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特集:接近する世界

1. 知らないハワイがそこにある。ある「住宅区画」から見えるリゾート地の真実

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わたしたちの日常に接近する世界

新型コロナウィルス感染症の世界的流行、米中経済のデカップリング、ロシアのウクライナ侵攻など、疫病や国際紛争は、さまざまな分断を生み、グローバル化が進んだサプライチェーンの再構築も余儀なくされています。

現代では、こうした海外での出来事は、もはや対岸の火事ではなく、エネルギーや食料の問題など、さまざまな形でわたしたちの生活に大きく影響しています。

また、わが国に視点を移すと、50年後に現在の7割まで人口が減少する中、外国人が1割を超えると推計(※1)されており、外国人との共生社会の実現が急務になっています。政府機関が外国人との共生社会の実現に向けた制度設計やロードマップを示していますが、共生社会の実現のためには、制度だけではなく、私たち一人ひとりの深い理解が必要です。歴史、宗教、教育、文化背景が異なる国や他者との共生・協働に向けては、グローバルな視点で、私たちも相手の文化を学んでいく必要があるのです。

関東学院大学には、世界の様々な歴史、宗教、教育、文化を対象に研究を進める研究者がいます。グローバル化、多様化が進む社会の中では、これらの知見は必ず求められれいくことになるでしょう。本特集では、研究者がそれぞれの専門分野の切り口で捉えた世界の姿の一端をご紹介します。

(※1)国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(令和5年推計)より

INTERVIEW 01 知らないハワイがそこにある。ある「住宅区画」から見えるリゾート地の真実。
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四條 真也 MASAYA SHIJO

国際文化学部英語文化学科 専任講師

学位:博士(社会人類学)
専門分野:文化人類学、社会人類学、ハワイ研究、民俗学

ホームレスの増加など、貧困が深刻なハワイ

 美しい海や砂浜、たくさんの人であふれるリゾート地―。「ハワイ」と聞いて多くの人がイメージするのは、こういったきらびやかな光景ではないでしょうか。しかしこの地には真逆の一面があるのも事実です。たとえば貧困に悩む住民は多く、2015年にはホームレスの急増で非常事態宣言が出されたほど。その中には、もともとこの地に住み着いていた「先住ハワイ人」も多くいます。

そんなハワイについて、文化人類学の観点から研究しているのが国際文化学部専任講師の四條真也です。特に注目しているのが「ハワイアン・ホームステッド」という、先住ハワイ人専用の住宅区画。「ここに住むには、先住ハワイ人の血を50%以上受け継いでいることを証明しなければならないというルールがあります」。

 この住宅区画ができたのは1920年代。理由は、まさにこの地に住み着いていた人々を守るためでした。大陸から人が流れ込み、土地は奪い合いに。また伝染病の蔓延も影響して、先住ハワイ人は激減。追いやられた人々が自給自足できる場所を目指して作られたといいます。

ワイアナエのハワイアン・ホームステッドの風景

ワイアナエ渓谷にのこる古いタロイモの水田

ハワイの文化における「家族」とは何かを考えたい

 先住ハワイ人の“救済”を目的に作られたハワイアン・ホームステッドですが、時代の中で少しずつ位置付けが変わり「現在は一定の経済力や資産力がないと住めない場所になりつつあります」とのこと。それでも非常に人気で、何十年も入居を待つ人もいる様子。なぜなら大規模な開発が進み、物価が高騰するハワイにおいて、相場より格段に安く住めるためです。一方、それ以外の先住ハワイ人の生活に目をやると、物価高騰で貧困に苦しみ、ホームレス生活を送る人もたくさんいるのです。

 血のつながりを軸にするハワイアン・ホームステッドのシステムですが、一方、この地では古くから「ハーナイ」と呼ばれる養子縁組が数多く行われてきました。「現地で調査を行っていると、たとえば貧困により子どもを育てるのは難しい家庭の子どもが、比較的余裕のある家庭に養子縁組されるケースが多く見られました。つまり、養子縁組がハワイにおける貧困家庭の相互扶助やセーフティネットを担ってきた面があったのです」。

 近年、ハワイではふたたびハーナイの文化が広がっており、ハワイアン・ホームステッドのシステムとは対極にあると言えます。2つの相反する文化・思考を分析し、「先住ハワイ人における家族の形について考えたい」と話します。

世界の文化を知ることで、人生の選択肢は増えていく

 先住ハワイ人が置かれてきた状況、そしてそれを救うために生まれたハワイアン・ホームステッド。おそらくほとんどの人が知らないハワイの一面であり、これだけさまざまな情報にアクセスできる現代でも、その実情を目にする機会は少ないでしょう。「インターネットで出合う情報は自分の興味・関心に偏りやすく、その外にある事実と出合いにくいもの。現地に足を運んで初めて見えることもあるのです」。

 その上で、四條はハワイをはじめ各地の文化を研究する意義をこう語ります。
 「世界の多様な文化を知ることは、自分の価値観や生き方の“選択肢”を増やすことにつながります。日本にいるとどうしても決まった枠組みでものを見てしまいがちですが、その枠組みとはまったく違う文化や価値観が世界にあると知れば、人生のバリエーションも増えるでしょう。グローバル化の時代、お互いの文化を押し付けず敬意をもって尊重することが重要であり、文化人類学はそこに貢献できると考えています」

 現地の文化や生活、歴史を掘り下げることは、人々の生き方や価値観に対する見方を広げ、またその土地に対する眼差しも変える。それこそが、この研究の先にある意義なのです。

※本記事は2023年7月に作成したものです。