研究報
Research Expectations

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特集:接近する世界

3. アフリカならではの数学教育を。地域の文化や生活に根ざした教育の模索

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INTERVIEW 03 アフリカならではの数学教育を。地域の文化や生活に根ざした教育の模索
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中和 渚 NAGISA NAKAWA

建築・環境学部 准教授

学位:博士(教育学)
専門分野:数学教育、国際協力

アフリカ好きから転じた、ザンビアの子どもの「苦手」を研究テーマに

 いわゆる、開発途上国では教育の質の向上が大きな課題で、国際社会がそれに取り組んできました。その中で、先進国の教育の内容や方法を開発途上国に「輸出」するケースは数多くありました。しかし本当にそれは正しいのでしょうか。先進国のやり方を絶対的なものとするのではなく、地域の文化や子どもの環境に合ったやり方、いわば「地域に根ざした教育」を国際社会で共に考えて、実施していくことも大切なのではないでしょうか。

 その示唆を与えるのが、建築・環境学部准教授の中和渚が行う「アフリカの数学教育」に関する研究です。中和は2005年頃から現在に至るまで、アフリカ・ザンビア共和国(以下、ザンビア)の数学教育を研究。最初の2年間は現地でJICA(国際協力機構)の青年海外協力隊(現在はJICA海外協力隊)として数学の教師を経験しました。「ザンビアの中学生は四則計算(足し算、引き算、割り算、掛け算)の習熟度が明らかに低く、いろいろな数学の領域に対応することができていませんでした」。

 原因は中学生以前の学びにあると考え、小学校や就学前の数学教育を調査。「ザンビアでは数を1個ずつ棒を書いて数えて計算する子が多いです。数え主義といいますが、これではかけ算・わり算や数の大きな計算が難しくなります」。

学校の様子

勤務していたマザブカ小中学校

放課後の学校

2023年1月の調査時、元生徒と調査助手の友人とその家族

学力をつける上で「学校教育」は一部でしかない

 この気づきを端緒に、ザンビアの子どもの計算を改善する方法や数学教育のあり方について考え続けてきました。よくあるのは先進国のやり方をモデルとして持ち込む形ですが、中和が進める手法はその逆。「ザンビアの子どもの生活や文化、国民性を生かした、この地域ならではの数学教育を現地の先生方や教育関係者の方々と考えています」。

 その発想に至った原体験があります。かつてザンビアの子どもの家を訪れると、夜は電気が止まり家事手伝い、育児等で、子どもが勉強できない環境があることがわかりました。「子どもの学力を形成する上で学校教育はほんの一部分でしかなく、普段の生活や学校外での行動を含めて考えて教育実践を形作ることが大事だと感じました」。

 この方針で現在進めているのは、現地の「遊び」を数学教育に取り入れること。「ザンビアの教師は概念や問題の解き方だけを例示して数学を教え込む傾向にあります。しかしそれでは子どもが数学の内容を理解できません。馴染みのある遊びから数学学習を始めるという方法もあって良いでしょう」。

 さらに、ザンビアの子どもならではの特徴も活かせないかと考えています。というのも、遊びやゲームをすると、集団で動くことが上手で、子どもが協力し助け合う姿勢が見られ、競争心の強い先進国の子どもとは異なる気質とのこと。「そのやさしさや協力の姿勢を数学教育に活用できると、新しい形が生まれるかもしれません」。

日本の授業を調べることもアフリカの教育につながる

研究テーマはさらに発展し、アフリカの数学教育の「言語」の問題にも焦点を当てています。アフリカは多民族国家で、それぞれの民族の母語が存在。国の公用語は英語と主要な現地語で、数学教育は小学校の後半からは英語で行われます。「サハラ砂漠以南のアフリカの子どもたちは第二言語で数学を学ぶことが多く、それだけで学習の負荷が高いのです」。

 この負荷はどのような影響を与えるのか。そこで注目したのが、世界共通の教育プログラムである「国際バカロレア(IB)」です。日本でもIBが実施される学校が増えており、学校によって、数学の授業は英語で行われています。つまり、日本でも母語と違う言語で学習する状況が発生しているのです。「IBを受ける日本の子どもの学習を調査することで、第二言語による数学学習の問題や可能性について研究したいですね」。

 その先に目指すのは、これらの研究成果がアフリカの数学教育にフィードバックされること。論文も、現地の人に届くことを見据えます。「論文には、たくさん批判をいただき、次の研究につなげたいです。やるべきことは多くあります」。アフリカの数学教育に対する探究は、まだまだ続きます。

※本記事は2023年7月に作成したものです。