研究報
Research Expectations
特集:接近する世界
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特集:接近する世界
横浜 勇樹 YUKI YOKOHAMA
教育学部 こども発達学科 准教授
学位:修士(人間科学)
専門分野:児童家庭福祉、社会的養護、国際福祉
高齢化が進む中、福祉の「制度」や「政策」を充実させることはもちろん大切。でもそれだけでは足りません。人のつながりや支え合い、あるいは市民団体による活動など、制度や政策に乗らないところから生まれる福祉も重要です。「なぜなら、制度や政策から漏れてしまった人たちを救える役割があるからです」。そう語るのは、教育学部准教授の横浜勇樹です。
アジアの福祉・教育を研究してきた横浜は、人のつながりや互助の文化が強い国として中国を挙げます。「儒教の影響により、もともと家族や隣人同士で支え合う意識が強く、たとえば高齢者の扶養も家族で担うものという思想が色濃く見られます」。
また中国では、市民団体による草の根活動、とりわけNGO(非政府組織)の福祉活動も多数行われてきたとのこと。子どもや高齢者、障害者など、さまざまな領域に関わる団体が存在しているといいます。「これらは香港のNGOと関係が強く、参考にしているケースも多々見られます」。香港は、NGOが学校を運営するなど影響力が強く、その活動が中国でも取り入れられているのです。
中国人の互助や助け合いの文化は、国外にも広がっています。それを表すのが、中国から他国へ移住した人たち、いわゆる「華僑」のネットワークです。
「世界各地に華僑会館があり、日本の“県人会”のように、華僑の中でも同じ出身地同士が集まる会が頻繁に行われています。そしてこのネットワークをもとに、華僑同士が世界中で助け合うケースが見られるのです」
一例として挙げるのは、シンガポールに渡る華僑について。中華系移民の多い同国ですが、実際に移住するには様々な条件が設けられています。学歴や資産も審査され、条件に満たない中国人も多くいます。
「華僑会館では、シンガポール移住者に向けた奨学金制度を設けるなど、古くから支援活動を行っています。このような華僑同士の互助、助け合いが世界中で行われているのです」
実はこの華僑の研究がきっかけとなり、横浜はシンガポールの言語教育にも注目。近年の新たな研究テーマとなっています。
「シンガポールは多民族国家であり、さまざまなルーツを持つ人が暮らしています。それぞれの民族が使う言葉(母語)も、中国語やマレー語、インド系のタミル語などバラバラ。そこでこの国では1965年の独立以来、母語に加えて英語を習う『バイリンガル教育』を小学校で進めてきました。異なる母語を持つ国民同士が共通のコミュニケーションを取るためです。あわせて英語を話せることで経済発展につなげる狙いもあり、実際に現在の1人あたりGDPは、日本の2倍ほどに成長。この教育は功を奏したといえます」
いまやシンガポールの若者は英語を日常的に使いますが、バイリンガル教育を受けていない祖父母世代は英語が喋れない人も多くおり、孫とのコミュニケーションがうまくできない現象も起きているのです。
「その中で私が知りたかったのは、英語教育を受けたシンガポールの若者のアイデンティティがどこにあるのかという点。調査を行う中で興味深かったのは、シンガポール人の英語は独特の訛りがあり“シングリッシュ”と呼ばれますが、そのシングリッシュに仲間意識を感じる若者が多い。つまり、この訛りがアイデンティティにつながっているのです」
日本も小学校の英語教育が必修化される中で「自分のルーツやアイデンティティを子どもが考える機会は増えていくでしょう。シンガポールの研究から見えることもあるはずです」と、横浜は口にします。中国からシンガポールへと広がるその研究テーマは、やがて日本へと還元されていくのです。
※本記事は2023年7月に作成したものです。