研究報
Research Expectations

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特集:新しい生活様式

1. 人が暮す環境を見つめると、その人の生活スタイルや個性が見える

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INTERVIEW 01 人が暮す環境を見つめると、その人の生活スタイルや個性が見える
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古賀 紀江 TOSHIE KOGA

建築・環境学部 建築・環境学科 教授

学位:博士(工学)
専門分野:人文・社会、デザイン学

より豊かな生活に必要な“ 環境”を見つめる研究

目覚まし時計に冷蔵庫、西日が差し込む窓にほのかな暖色系の壁紙…。少し周囲を見回してみると、私たちが何気なく送っている日々は、実に様々なものに支えられていることに気づかされます。そんな、日常を取り囲む「環境」が私たちの暮らしにどのような影響を与えるのかについて研究を続けているのが、建築・環境学部教授の古賀紀江です。「一番力を入れているのが、働くための環境や、人の元気を支えるような居住環境についての調査・研究です。大学院時代からずっと、高齢者の住居や施設などのフィールドに出向いて調査を行い、人を取り囲む「環境」とそこに暮らす人間がどのように関わっているのかについて考えてきました」と、古賀は自らの研究について話します。
例えば泊りがけの旅行をすると、到着直後と翌朝とでは宿泊する部屋の様子は様変わりしてしまいます。しかしこの変化は、泊まる人によってそれぞれ異なるはずです。人が暮す環境を見つめると、その人の生活スタイルや個性が見えると、古賀は話します。「活発な大学生と高齢者では、行動の量も内容も違いますよね。人の状態が違うということは、生活を支えるために必要な環境も異なってくるわけです。人の生活や行動に焦点を当てて、より快適に生活できるように人を取り囲む環境デザインの在り方を考えるための調査・研究を続けています」

環境へ順応する難しさと、「新しい生活様式」が持つ違和感

建築学だけでなく心理学や社会学的な側面も持ち合わせる研究に取り組む古賀は、コロナ禍を乗り越えるため、短期間で“新しい生活様式”に生活環境を変容させるための私たちの日常生活そのものに着目しています。引っ越しや災害による非常事態下での避難などによる日常環境の急激な変化は時として「危機的移行」という大きな負のインパクトを与える変化となります。実は、新しい生活様式で生じた事態は危機的移行の状態に近いのではないかと感じています。
「状況変化に対して、子どもは比較的短時間で順応できるのですが、歳を重ねるほど過去の経験や習慣が関わってくるため、容易には順応しにくくなります」。
ここで言う「危機的移行」は引っ越しをしたり、あるいは自然災害による日常環境の変化のように周辺の状況に、視覚的な変化はありません。見かけ上は、生活する中で周辺環境に変化がないのに、振舞い方を変えることが「求められる」ようになったという点が特徴です。感染症対策として、現状では周囲の人との間に2mの「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」を取ることが推奨されていますが、実はこれは、実に大きな環境移行であると古賀教授は力を込めます。
「他人との距離の取り方は、相手との関係性を図る上で心理的に重要な意味を持ちます。2mという距離は極端にフォーマルな意味合いを持つ間合いです。もともとその距離
が持つ意味合いを考えると『2mの距離を取りましょう』と言うのは、私たちが慣れ親しんできた感覚からするとかなり厳しい状況だと言えます」。

取り囲む環境の変化を、プラスに変える技術

人間と環境の関わりについて研究を続ける古賀に、今の状況はどう映っているのでしょう。「私たちの生活で大きな割合を占める『働き方』はリモート化という大きな変化を見せましたが、では仕事を行う時の環境はどうでしょう。
人の働き方に自由度が増せば、これまで職場で縛られて居住地にも変化が現れるでしょう。リモート勤務が進み、稼働年齢層が居住地域に滞在する時間が増えれば、地域社会のあり方にも変化が現れる可能性があります。「地域コミュニティの希薄化が叫ばれて久しいですが、住んでいる場所に働ける環境を設けることでコミュニティが抱える問題の解決につながるかもしれません。環境の変化は人の行動と密接に関わっています。ただ生活を我慢するような変化ではなく、他の社会問題まで解決できるような前向きな変化にしたいですね」、と古賀は今後に向けて展望を広げます。