研究報
Research Expectations

特集:新しい生活様式

今だからこそ見つめ直してみたい、未来の社会や日常の在り方

生活様式を見つめ直してみましょう。

2020年初頭から世界中を震撼させている、新型コロナウィルス【COVID-19】。
このウィルスにより、社会は大きな変化を余儀なくされました。世界の人々はロックダウン(都市封鎖)、外出自粛、在宅勤務・学習などを経験。当たり前だと思われてきた生活や常識は一変し、新しい生活様式や従来にないビジネス、これまで気づかなかった新しい価値観があらわれてきました。

そして、今だからこそ仕事の仕方を見直してみようといった機運が高まっています。実際に在宅勤務や、遠隔地からでも円滑に仕事が進められるかの検証が進んでいます。同じように、生活様式も見直してみてもいいのではないでしょうか。

これまでよりも自宅で過ごす時間が増えるなど、生活スタイルの変化に伴い新たな環境が必要とされるようになりました。それは住生活環境だけではなく、ソーシャルディスタンスと言われる一人ひとりの距離にも求められています。

一方、ビジネスや教育、医療など様々な場面でオンラインへのデジタルシフトが加速。リアルな場の業務や生活から、直接人と接触せずにテクノロジーを使ってコミュニケーションを図る日常が突然身近になりました。

生活様式を変えることには、戸惑いや何が正解であるかが分かりづらいことも多くあります。研究というのは、必要に迫られた時に大きく前進するものです。関東学院大学には、私たちの未来の社会や日常の在り方に真剣に向き合う、研究者たちがいます。研究者の考える未来の姿、その一端を、本特集を通じてご紹介します。

CONVERSATION 今だからこそ見つめ直してみたい、未来の社会や日常の在り方
orita

折田 明子 AKIKO ORITA

人間共生学部 コミュニケーション学科 准教授

学位:博士(政策・メディア)
専門分野:情報社会学、経営情報学

koga

古賀 紀江 TOSHIE KOGA

建築・環境学部 建築・環境学科 教授

学位:博士(工学)
専門分野:人文・社会、デザイン学

山下 里香 RIKA YAMASHITA

経済学部 経済学科 准教授

学位:博士(文学)
専門分野:言語学、社会言語学

飯尾 美沙 MISA IIO

看護学部 看護学科 講師

学位:博士(人間科学)
専門分野:小児看護学、健康心理学

新型コロナウイルス騒動がもたらした変化について

半年ほど前までは、きっと世界中の誰も今の生活スタイルを想像してはいなかったでしょう。日本に住む私たちは、東京で五輪が開かれ、海外から多くの人々が日本を訪れる2020年の姿を当たり前のものと思っていたはずです。しかし、私たちの日常がもと通りになるにはまだまだ時間を要しそうです。COVID-19(新型コロナウイルス)の流行を経て、私たちは「新しい生活様式」を余儀なくされています。
もちろん研究者にとってもCOVID-19、そして「新しい生活様式」は大きな影響を及ぼしています。これまで人々の日常に関わる事象を深く見つめ、好奇心と探究心をもって課題の発見と解決に取り組んできた研究者たちに、話を聞きました。

--昨年度末から続くCOVID-19の流行は、みなさんにも大きな変化をもたらしたのでは?

(折田)中学高校で行う予定だったネットリテラシー教材の実証が、一斉休校に伴い全てキャンセルになりました。他にも、私の研究テーマに関しては、AI美空ひばりさんのような、生前のデータとVR技術を用いた故人の復活という取り組みについても風向きの変化を感じています。これまでは時期尚早という見方が強かったのですが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大では、近親者ですら、感染者の最期に立ち会うことができず、また葬儀もできないため、データを用いた追悼を前向きに捉える話が欧州の研究者との議論の中で出てきています。

(古賀)私も、調査のために長く関わりがあった施設が出入り不可になったため、研究そのものは休止状態です。とはいえコロナ禍ならではの気づきもありました。「ステイホーム」と言われはじめた頃はネットがあるから家でも変わらず仕事ができる、子どものそばに居られる状況を前向きに捉える話も聞きました。しかし、そのうち家にずっと家族がいる状況に辛さを感じたり、感染を警戒し続ける日々に気疲れしたりしていますよね。やはり既存の家屋や施設はそのままに生活スタイルだけを変えるのは無理な部分がある、ということも分かってきました。

--感染症対策として、生活する上で必然的だった“接触”という場面に変化を求められる状況に世界中の人が直面しています。私たちの生活において、将来的にこのまま変わってしまうものって、あるのでしょうか。

(山下)昔から人間は冠婚葬祭や会食など、場を共にするイベントを大切にしてきました。確かにコロナ禍で「人と人との接触」はやりにくくなっていますが、本質的に人は繋がりを求めるものです。SNSやインターネットなどのデジタル技術が進歩したことでリアルな触れ合いと代替可能になることが増えるという変化はあるものの、それはもともとあった流れが加速しただけ。根本的な人間の価値観や生活スタイルは変わらないのではないでしょうか。

(飯尾)私は現在スマホのアプリを用いた小児慢性疾患患者の生活支援を研究しています。慢性疾患は長期的な治療や管理が必要され、良好な状態を長く維持すること大事になります。そこで通院時に直接会って状態を細やかに確認する直接的な支援に加え、自宅でも患者本人がスマートフォンを操作するだけで間接的な支援を受けられるアプリがあることで、接触の機会を減ったとしても、バランスのとれた支援ができるのではと考えています。

(古賀)対人距離には関係性によっていくつかの距離感があると言いますが、昨今話題の「(人との間隔は)2m」って、極端にフォーマルな距離なんです。「新しい生活様式」という言葉が促す距離感は、人が本質として持つ感覚に対してある意味挑戦的とも言えます。言葉の問題かもしれませんが、「新しい生活様式」というとずっと続くような気がしてしまうので、いつか元に戻るという希望を込めて「緊急事態を乗り越えるための戦略」といった方が、私はホッとします。」

「オンライン」との付き合い方と、今後への前向きなつながり

この半年の間で劇的に変化したものの一つに「デジタルツールを用いたオンラインでのやり取り」をあげる人は多いのではないでしょうか。大学はもちろん、企業も、そして家族の間でもこれを利用してリアルタイムにやり取りを行う機会が増えました。「新しい生活様式」と相性の良いデジタルツールですが、一方ではどうしても満足できない部分も見えてきているようです。

--他人との距離感を考える上では、相手との関係性や信頼感も重要になりそうです。今年ほど日常的に「オンライン」という言葉が飛び交うこともなかったかと思うのですが、インターネットの存在はとても大きいのでは。

(折田)相手との信頼がネット上での関係でも構築できることは、社会心理学の分野で1990年代から言われてきました。顔が見えない状況であっても、交わされるコミュニケーションの質や量が信頼関係を育てるわけですが、その先にはいずれ「会いたい」という感情が芽生えます。物理的な距離を補完する意味でネットは役立ちますが、その先にある「会いたい」という感情をどう考えるのかは今後の課題になるのかもしれません。

(山下)私は大学で語学も教えているのですが、外国語との向き合い方には大きな変化が生まれています。ネット翻訳が普及したことで教える側として抱える悩みは大きいのですが、ネット配信する授業の動画に後から字幕を加えることができるようになったことは、語学に苦手意識のある学生や聴覚障害を持つ学生には大きな追い風になっています。

(飯尾)座学の授業では概ねオンラインでも対応できたのですが、看護学部は技術を教えることも重要になります。オンラインDVDを使って授業をしてみたものの、やはりオンラインで実技を教えるには限界がありますね。

--今の状況が生みだす変化には、プラスマイナスの両面があると思います。できれば現状の混乱を経て生まれる良い変化が、新しい日常での幸せにつながることを目指したいですよね。

(折田)プラスとマイナスは背中合わせ。時と場合に応じた方法で、個人同士だけでなく学校や職場とつながれることは大きな可能性を秘めています。ただ、学びの場や働く場を自宅とつなぐという状況は、本来パーソナルな場である家に学校や職場が「侵入」しているとも言える状況です。学びの場や働く場の拡張に合わせて守るべきプライバシーを再確認せねばなりません。

(古賀)降って湧いた「新しい生活様式」はコロナ禍という苦境を乗り越えるために必要かもしれませんが、ずっと続いていくことには共感しにくいなあと感じています。そんな中で、日々の生活に変化を生むのであれば、明るい未来を目指してひらけていくような感覚が欲しい。デジタルツールの活用は他人や周囲の環境と関わりを持つ可能性を増やしますし、関わりを持つことから生み出される日々の刺激は健康にも繋がります。短期間にいろいろな変化が一気に起こって混乱をきたしたものの、徐々に変化の良し悪しや課題が見えはじめてきました。これまでに起こった現象を科学的に丁寧に捉えれば、パラダイムシフトというほどではないが、日常において大きく変わる部分が出てくるかもしれないと感じています。

※本記事は2020年8月に作成したものです。