研究報
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特集:新しい生活様式

2. 実世界に影響を与えずに 本音を出せる場を持つことは、 日々の支えになること

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INTERVIEW 02 実世界に影響を与えずに 本音を出せる場を持つことは、 日々の支えになること
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折田 明子 AKIKO ORITA

人間共生学部 コミュニケーション学科 准教授

学位:博士(政策・メディア)
専門分野:情報社会学、経営情報学

使われ方を意識して残す、個人のデジタル情報

私たちは日々インターネットを使って多くの情報を受発信しています。SNSが台頭する現在は、時に複数の「名前」を使い分けて情報をやり取りする人も少なくありません。そんなネット上でのアイデンティティや情報プライバシーの問題に深く切り込む研究を行っているのが、人間共生学部准教授の折田明子です。「学校や仕事場などの外の世界と、家族にしか会わない家の中では、それぞれ見せる顔が異なるのではないでしょうか。インターネットを介したコミュニ
ケーションでは、多くのユーザーが自分を表す「名前」を自分で選び、アイデンティティを使い分けています。自分の見せ方を変えながら、多層的な人間関係のネットワークで繋がりあっているわけです」と、折田は話します。
人との多様な繋がりを可能にするSNSですが、サービスの裾野が広がったからこそ起こる問題もあります。一度ネット上に放った情報は、たとえその人が亡くなった後も残り続ける可能性が高いのです。また、AIを用いれば、今や遺したデータから故人の思考まで再現することも技術的には可能になりつつあるようですが、どの時代のどんな場面で遺したデータを用いるかという意思決定に、故人は関わることができません。この『遺された情報』の利用やプライバシーに関係する問題についても、折田は取り組みを始めています。「技術的には可能な話だとしても、法的課題や倫理的課題についてはまだ十分に議論されていません。目先の話題として
急くことなく、着実に議論を重ねて進める必要がある課題だと思っています」。

匿名の情報だから残せる、時代の証

コロナ禍においては、直接人との接触を避ける代わりにインターネット経由の情報発信やコミュニケーションが活発に行われました。もちろん前向きなものもあれば、出口が見えない状況への不安や不満もやり取りされています。中でもTwitter上に書き込まれた投稿の中には、実名だと書き込みにくいであろうものも散見されました。インターネット上の「名前」を用いて実世界に影響を与えずに本音を出せる場を持つことは、日々の支えになり得ると折田は話します。「コミュニティに応じて『名前』を使い分けることで、時には悩みを吐露したり本音をこぼしたりしやすくもなります。こうして世に出た情報は、時代を映し出す『市民の本音』です。デジタルデータとして後世に残ることは、歴史的な観点からも重要だと考えます」。しかし、折田が2018年に学生対象で取ったアンケートでは、自分の死後にSNSへ遺した情報は消去したいという人が半数ほどにのぼっています。「本当の『本音』を記した情報が、ユーザーの死後消されてしまうのはあまりにも惜しい。プライバシーを守りつつ、どうしたら残せるだろうかと考えています」と、折田は話します。

5 G がもたらす変化と、新しくなる日常

インターネットが一般普及してからの20年余りで、利用インフラは大きく変化しました。行き交うデータ量は膨大になり、それを一瞬で転送する仕組みが出来上がり、端末が処理する速度も飛躍的に向上しています。そしてスマホとSNSの普及でいつでもどこでも人と人が繋がれる技術が一般化し、次は5G時代に入ります。もちろんARやVR技術は今後も進歩を続け、新たなサービスが作り出されていくこととなるでしょう。それでも、人間はそれで満足するとは思わない、と折田は続けます。「さわった感じやにおい、またそれらが合わさった感覚までも再現するのは、当面まだまだ難しいと思います。今後はより一層、『本物』に直接出会うことが持つ価値が上がるかもしれませんね」。
また、今年は大勢が遠隔接続を試みたからこそ見えたことがあるようです。「リモートでリアルタイムコミュニケーションすることが、苦手と感じる人もいるということです。やってみると、長時間はつらいなと私自身も感じることがありました。アクセスする場所など、個々の状況を考えたフォローが必要です。また、実際に会ってやり取りされる情報は、言語にならないことも含めて、いろいろあるのです。映像と音声でのやり取りだけでは伝わっていないことがあるかもしれない、ということも忘れてはいけません」。いつでもどこでも誰とでもつながる時代だからこそ、より一層相手の状況を推し量ったコミュニケーションが大切になります。先の話だと思っていた未来が、新しい生活様式を経てスピードを上げて近づいてきているのかもしれません。