研究報
Research Expectations

特集:新しい生活様式

3. 社会とことばの関係

INTERVIEW 03 社会とことばの関係

山下 里香 RIKA YAMASHITA

経済学部 経済学科 准教授

学位:博士(文学)
専門分野:言語学、社会言語学

バイリンガルにタメ口… 、ことばと話者から見つめる社会性

「バイリンガル(二言語話者)ですか?」と聞かれたら、あなたならどう答えるでしょうか。私は違う…と思った人でも、実は中学校で習ったくらいの英語であれば話せる人も多いはずです。「バイリンガル」ということばがどのくらいのレベルで言語を使いこなせる人を指すか、そのイメージは人それぞれ、さらには文化や社会の違いによって変化します。一つの単語に対しても、人が違えばそのことばを話す人に対して異なるイメージを抱くことがあります。ことばの意味づけやことばを使う人に対するイメージが、どのような社会的な背景やプロセスで生み出されていくのか、この「社会とことばの関係」に注目して研究に取り組んでいるのが、経済学部准教授の山下里香です。
さまざまあることばの中でも、近年力を入れて研究しているのが「敬語」です。「有名な芸能人で、誰にでも“タメ口”で話す方がおられます。ファッションや生活スタイルは参考にするという人が多いのに、『話し方を真似する』という人は見たことがありません。この現象には、日本人がタメ口や敬語という「ことば遣い」に抱く価値観が大きく関係しています。日本では多くの人が『社会人は場に応じて敬語を話せるのが当然』という暗黙の基準を持っているので、芸能人のタメ口を見ても“芸風”だと捉えられてしまうんです」と山下は話します。研究では、実際にTVで放送されたやり取りを細分化し、ちょっとしたことばの使い方や相手の反応などのミクロな会話の流れを分析して、双方がどのように社会的に会話を成り立たせているかをあぶり出すことで、そのことばに対する価値観の作られ方を調べています。

社会背景に合わせて移ろう、ことばの使われ方

元々言語学に加えて文化人類学に興味があったという山下の研究は、偶然訪れた日本国内のモスク(イスラーム教の礼拝堂)から始まりました。モスク内でウルドゥー語(パキスタンの言語)、日本語、英語という3つの言語がミックスして使われていることに興味をもったのです。「日本で日本語を話す多くの人の感覚からすれば、3つの言語を話せたとしても、混ぜて使うことはあまりよく思われていないですよね。しかし研究の一環で会話のデータを聴くと、ある種の規則性がある。彼らは、日本社会とは全く違う言語規範を持っていたわけです」。
しかし、その後このモスクの教室での言語規範は徐々に変化してきます。最初の調査から2~3年ほどで日本語化が進んだのです。話者が置かれる社会環境や文化的背景の変化が、日々当たり前のように使っている言語の使われ方に影響を及ぼした、と山下は考えます。「モスクには大人も子どもも出入りしているのですが、大人と比べて子どもは日本の学校で教育を受けているので日本語が堪能です。モスクではウルドゥー語を使うことが必須ではないこともあり、子ども達に合わせる形で大人がコミュニケーションを行い続けた結果、徐々に言語の使われ方が変化していったようです」。

変化して残るもの、変化せず残るもの

伝統文化の衰退や生活スタイルが大きく変われば、全く使わなくなることばも出てきます。社会習慣や文化的背景の変化が及ぼすことばへの影響は、時に言語自体を消滅させることにもつながります。「言語規範の変化には、メディアの影響が無視できません。昔は口伝かラジオ・新聞くらいしかなかったメディアも、今やインターネットでどこでも誰とでも繋がります。流行の伝播はより速くなりましたし、言語がミックスしたり廃れたりしやすくなってきています」。こうして一度消えた言語は、再興させようとしても変化後の文化へ対応させねばならず、簡単には復活できないと山下は言います。
言語は、私たちの生活にとって切っても切り離せない存在です。普段は言語が持つイメージの違いやルールなど鑑みることなく過ごしているものの、そこにはこれまで私たちを取り巻いてきた文化的影響が色濃く反映されています。昨今はローカルにいるままグローバルな文化に触れられるようなデジタル技術が、新たなメディアとして一気に普及しつつあります。ここから先、文化や社会が直面する変化は、日々使う言語にどのような変化をもたらすのでしょうか。