研究報
Research Expectations

REvol5diversity

特集:ダイバーシティ

1.配偶者の呼び方ひとつで分かる、多様な結婚観。言葉の選択が、自分の「意志」や「スタンス」の表明に。

REvol5diversity



互いの違いを尊重することがダイバーシティへの第一歩。

「ダイバーシティ」という言葉から、何が思い浮かぶでしょうか。
人種や国籍、言語などの異なる人たちが協働する姿がイメージされるかもしれません。

グローバルな競争が激化し、産業構造の変化が加速する現代においては
経済産業省が「ダイバーシティ経営」を推進するなど
多様な人材・視点の獲得は企業が重要視する経営戦略の一つです。

一方で、外見から分からないもの、
例えば、バックグラウンド、経験、キャリア、スキル、働き方など、
私たち一人ひとりが持つ内面的な特徴も、多様に存在しているといえます。
日本人、ミレニアル世代、若者などとひとくくりに言っても
くくられた全ての人が同じであるわけでは決してなく
それぞれが異なる価値観や考え方を持っています。

自分と異なる背景を持つ人や、少数派の人を排除するという行為は
歴史的にも繰り返されてきましたが、
Black Lives Matterなどに象徴されるように、現在も直面している人類の課題です。
個々が持つ違いを理解し、寛容であることができれば
誰もが活躍できる機会があり、誰もが生活しやすい社会を
築いていくことができるのではないでしょうか。

性別や年齢、職業などの社会的な役割により
「こうあるべき」と私たちが無意識のうちに作っている「枠」を壊し、
互いの違いを尊重することがダイバーシティへの第一歩。
「誰一人取り残さない」社会の実現にむけて。

INTERVIEW 01 配偶者の呼び方ひとつで分かる、多様な結婚観。
言葉の選択が、自分の「意志」や「スタンス」の表明に。
nakamura1

中村 桃子 MOMOKO NAKAMURA

経営学部経営学科 教授

学位:博士(言語学)
専門分野:人文・社会/言語学

「主人」や「家内」と呼ぶことに抵抗のある人は多い

多様性が進む中、私たちの使う「言葉」も変化してきました。セクシャルマイノリティ(性的少数者)を表す「LGBTQ」はその一例。また、最近は配偶者の呼び方も多様化しています。

自身の夫を他人に紹介する場合、「主人」や「夫」、「旦那」、あるいは夫の姓で呼ぶ形もあるでしょう。同じく自身の妻を紹介するなら、「嫁」や「家内」、「妻」などが挙げられます。ただし、近年は「主人」や「旦那」、「嫁」や「家内」と呼ぶことに抵抗のある人もいます。

「その背景には、結婚観の多様化があると思います。届出婚や事実婚、同性婚を望む人、あるいは選択的夫婦別姓の支持者が増えるなど、結婚観が多様化し、かつての考えがベースになった呼び方を望まない人が多くなっているのでしょう」

こう話すのは、言語とジェンダーを研究してきた経営学部の中村桃子です。中村は、新しい価値観が生まれるときには新しい言葉も生まれてきたといい、配偶者の呼び方についても、最近は新たに「つれあい」や「パートナー」、「夫さん/妻さん」という呼び方を提案する人もいるようです。

「今では当たり前に使う“セクハラ”という言葉も、概念とともに定着しました。社会改革は、ことばの闘争でもあるのです」

今までの日本人は「正しい日本語」を求めてきた

ところで、私たち日本人は、自分の使っている日本語が「正しいかどうか」を気にすることが多いのではないでしょうか。日本語には正解があると考え、間違っていないかを気にしてしまう。

「顕著な例が敬語ですよね。自分の敬語が正しいかどうかを気にする人は多く、企業でも敬語の研修に時間が割かれます。日本人は、どの言葉を使いたいかより、正しい日本語を選ぼうとする意識が強いのです」

中村自身も、そんな日本人の意識を痛感したことがありました。アメリカに留学したとき、ある教授は中村に「僕のことを何と呼んでもいい」といいました。プロフェッサーでも、ジョンでも、ジョニーでも良いと。ただし、その教授は「君がどう呼ぶかで、僕は君がどんな人間かを理解するよ」と付け加えたのです。日本では先生と呼べば収まるのが、アメリカでは自分で選ばなければならない。しかもそれが相手との関係を左右する。日本とアメリカの感覚の違いを感じたのでした。

これからの日本は、自分の考えで使う言葉を選ぶ時代に

しかし、それは過去の話。中村は、日本もこれから同じことが起きると考えます。ジェンダーが多様化し、使う言葉も多様になった結果、数ある中から選んだ言葉が、自分の考えの表明になるというのです。冒頭の配偶者の呼び方は、まさにその例です。

「アメリカでは女性を呼ぶ際、かつて配偶者の有無によってミス/ミセスを使い分けていました。その後、配偶者によらないミズという呼称も普及。これらをどう使い分けるかは、目の前の女性への意識や自身の価値観を示すことと同じ。日本も、言葉の選び方が自分の意思を反映する場面が増えていくでしょう」

中村は、最後にある本の一節を紹介します。その本は、性別への思い込みや型にはめた言葉を集めた「早く絶版になってほしい ♯駄言辞典」(日経BP)というもの。そこにこんな一節があります。

「『〜であるべき』という価値観に縛られなくてよくなってきた半面、私たちは自らの手で自らの道を選び取っていかなくてはなりません」

これからの日本語も、いろいろな言葉から自分で選ぶ時代になっていくでしょう。そしてその選択は、さまざまな考えがあふれる中で自分の意思を表明するものになる。多様性が進む中で、日本語もひとつの転換点を迎えているのです。

※本記事は2021年9月に作成したものです。