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特集:ダイバーシティ

4.若い頃の境遇や選択に左右されない、“生き方の多様性”を認める社会制度とは。

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INTERVIEW 04 若い頃の境遇や選択に左右されない、“生き方の多様性”を認める社会制度とは。
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西村 貴直 NISHIMURA TAKANAO

社会学部現代社会学科 准教授

学位:博士(社会福祉学)
専門分野:公的扶助論、社会保障論

貧困の原因は「個人にある」という考え方の危険性

さまざまな人が生きやすい社会がダイバーシティなら、考えるべき問題は、人種や言語、障がいにとどまりません。たとえば貧困の問題です。「2000年代に入ってから、日本は高齢化や非正規雇用の増加により、貧困の問題が深刻化しています。貧困とは、多様な生き方を選べる可能性が完全に奪われた状態といえるかもしれません。この問題を解決しないかぎり、ダイバーシティの達成は不可能であると思います」。そう話すのは、貧困問題やその解決に関わる社会制度のあり方を研究する社会学部准教授の西村貴直です。

研究を進めるうえで参照する機会が多いイギリスやアメリカ、そして日本では「貧困の原因を“個人の生き方”に求めたうえで、その当事者をどのように“立ち直らせる”かという発想に基づいて制度が構成されている」といいます。そして多くの人も貧困を個人の問題と考える傾向が強いため、生活保護を受給する人びとへの偏見やバッシングが常態化し、「本当に必要な人が申請しにくい状況が生まれています」。

しかし貧困は、社会や制度が抱えている様々なひずみが、相対的に弱い立場におかれた人びとに集約されたかたちで生じてくる問題であり、貧困に陥った個人にその責任を負わせるような発想では、問題の解決には決してつながらないことを理解する必要があります。

生活保護から抜け出せなくなる制度上の理由とは

貧困状態にある人を救うはずの生活保護制度自体にも問題が多く、生活保護のあり方がかえって当事者を貧困から抜け出しにくくさせている点もあるといいます。西村が一例に挙げるのは、生活保護が「健康な身体や手持ちの貯金、良好な家族関係など、生活の基盤となる“あらゆるもの”を失わない限り支給されない」しくみになっていることです。いわば自立のための前提条件がすべて失われてからでないと生活保護を受けられないしくみになっているので、必然的に「生活保護を一度受けると、なかなか抜け出せない人も多い」といいます。

若い頃の選択を許容し、貧困を老後へ引きずらない社会に

高齢期の生活を支える年金制度も改善が必要だといいます。現行の年金制度は、若い頃から保険料を安定して払い続けることができた人ほど、より多くの年金を受給するしくみになっていますが、このような制度は「若い頃の生き方や人生の選択を老後まで引きずるしくみ」であり、むしろ「若い頃の格差を老後に増幅させる」側面をもちます。それは「自業自得だから仕方ない」という声も多いでしょう。しかし「様々な事情で若い頃に十分な収入を得られなかった人もいれば、夢を追いかけた人もいます。夢が叶わなかったとしても、挑戦することは決して悪いことではない。でも人生の前半期における生き方の選択が老後に大きく響いてしまう制度のあり方は、若者の選択肢を大幅に狭めてしまっているのかもしれません」。

「違いを認め合うダイバーシティを徹底するなら、人生の多様性も社会のなかで認め合うべきはないでしょうか。例えば、若い頃にどのような道を選んだとしても、老後にお金に困って死ぬことはないように、最低保障年金というアイデアが検討されてもいいと思いますし、実際に導入している国もあります」。

「将来の資金が不安になるほど、若者は挑戦をあきらめ、お金を使わず貯蓄します。それは経済の停滞にもつながるかもしれない。一方、高齢期の生活に安心感をもてるなら、積極的にお金は使われ経済も活性化する。社会・経済の両面でメリットがあるのです」

さまざまな人生を選んだ人が、本当の意味で受け容れられる社会へ。西村が取り組む貧困問題の研究は、人生の多様性を認め合う社会のあり方につながります。

※本記事は2021年9月に作成したものです。