研究報
Research Expectations
特集:ダイバーシティ
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特集:ダイバーシティ
小滝 陽 KOTAKI YO
国際文化学部比較文化学科 専任講師
学位:博士
専門分野:歴史学、アメリカ研究
「自由の国」と呼ばれ、多様なルーツを持つ人が暮らすアメリカは、日本にいる私たちからすると、ダイバーシティの先進国のように映るかもしれません。しかし、一方でアメリカには差別が行われてきた歴史もあります。そしてそれは、今も続いているといいます。
アメリカにおける社会福祉制度の歴史を研究する国際文化学部専任講師の小滝陽は、「福祉は人を助ける制度と捉えられていますが、アメリカでの歴史を見ると、福祉は、それを受けるに値する人とそうでない人を線引きする装置に使われるなど、差別意識を反映してきた側面があります」とのこと。
その一例が、1996年に行われた要扶養児童家族援助制度(AFDC)の廃止です。AFDCは、親の不在や死亡、失業などで十分な養育を受けられない18歳未満の児童に向けた扶助制度で、多くはひとり親家庭、特に母子家庭が援助を受けていました。
「1935年にできたこの制度は、アメリカにおけるウェルフェア(福祉)の代名詞となるほど、注目を集める存在でした。それが、政治家や国民からの批判により廃止されたのです。批判の理由のひとつは、アメリカでは父・母・子からなる『伝統的』な家族モデルを理想とする人が多いこと。これはキリスト教の道徳観も影響しています。ひとり親家庭はそうした規範から逸脱しており、こういった家庭に扶助を出すことが非難されてきたのです」
加えて、AFDC受給者の内訳を見ると、第二次世界大戦後に白人女性以外の割合が年々増加。これについても「人種的な観点で制度を非難する人が止まなかった」といいます。
「アメリカには、多くの人が思い浮かべる『あるべきアメリカ人の姿』があり、様々な事情でそれに当てはまらない人に汚名を着せる傾向が強い。そのため、福祉や社会保障は多様な人を救うより、むしろ、アメリカ人が標準と見なすありかたに該当しない人を救済の対象から排除してきた面があるのです」
さらに歴史をさかのぼると、アメリカは、奴隷制を脱して自由を標榜してきた経緯がありますが、その自由とは「自分で働き、その稼ぎで自立・自活すること」だったといいます。
「つまり、自立・自活できない人は『あるべきアメリカ人の姿』から外れているという価値観が根強くあり、公的な援助で生活を補おうとする人自体が、排除や見下しの対象になりやすいのです」
もちろん、差別・不平等に対する運動も多数アメリカで行われてきました。1950〜1960年頃、冷戦期に起きた公民権運動、そして1960年代には、ひとり親家庭向けの福祉を受けている女性、とりわけ黒人女性からなる社会運動も行われました。近年起きた黒人への警官暴力に反対する「ブラック・ライヴズ・マター」も記憶に新しいもの。これらがもたらした影響を見るのも、多様性と差別・不平等を考える上で重要です。
戦後に形成された「単一民族国家」の観念が根強い日本も、実際には近代以降、多様な文化を持つ集団を含みこんできた社会です。その中で、小滝は「多様な人が暮らす社会そのものは、すでに存在するという現実を直視し、そこで生まれる差別や不平等をなくすことを目指すべき」だといいます。その上で、彼自身が研究してきたアメリカ史は「これからの日本社会を考える上での鑑(かがみ)になるのでは」と考えます。
小滝は、今の日本にも在日コリアンに対するヘイトをはじめ「様々な差別や不平等があり、これらを歴史的な視点から見直すことが必要」といいます。多様性が尊重される社会とは、多様な人が差別・不平等に脅かされない社会。その理想を追い求める人のためにも、歴史の研究があります。
※本記事は2021年9月に作成したものです。