研究報
Research Expectations

特集:社会連携
研究報
Research Expectations
特集:社会連携
大友 章司 OHTOMO SHOJI
人間共生学部コミュニケーション学科 准教授
学位:博士(心理学)
専門分野:応用心理学 / 行動経済学
地震が起きた時、テレビやスマホなどから発せられる「緊急地震速報」。最初の頃は、警報を聞いて何かしら身を守る行動を取っていたけれど、次第に行動しなくなってしまった……そんな経験を持つ人もいるのではないでしょうか。この他にも、日本には防災用の地図「ハザードマップ」がありますが、日頃からその地図を見て災害に備えている人は、きっと多くないはずです。せっかくの防災システムが十分に機能していない面があるのです。
こうした課題を心理学の面から研究しているのが、人間共生学部コミュニケーション学科の大友章司准教授です。2018年に起きた西日本豪雨災害では、床上・床下浸水など、多数の被害が発生しました。この時に避難し
なかった人の傾向を調査すると、「普段からハザードマップなどの防災情報に目を通していても、避難行動をとっていない割合が高いことが分かりました」と説明します。
この研究の一つとして、大学のデータ解析の講義でシミュレーションとマンガを使った授業を実践しました。まずシミュレーションについて、データ解析を学ぶにはリアルなデータが必要です。例えば店舗なら、時間帯ごとの売上や顧客の年齢層など。しかしこれらは企業や店舗が保有しており、授業用に提供してもらうのは容易ではありません。そこで架空の店舗の売上データをシミュレーションで導き出しました。
「日本には素晴らしい防災システムが多数あります。しかし、どれだけ高度な仕組みでも、人の心に響くデザインにしなければ行動につながりません。その一つとして、心理学を応用することが重要だと考えています」
冒頭の緊急地震速報も同様で、システムとしては素晴らしいものでありながら、何度も聞くうちに「またか」という心理になり、行動しなくなるケースがあります。一方で、2016年の熊本地震では、被災者が避難行動を取った動機として、周りの人に声をかけられたことが大きなきっかけになっていたことが分かりました。
何が人の心を動かし、避難行動につながるのか。防災というと、耐震性のある建物や被災時のインフラといった話がテーマになりやすいものですが、それだけでなく、被災時の人々の心理を基に、適切に避難できる方法やシステムのあり方などを考えるのが大友のアプローチです。こうした研究は先行例が少なく、調査方法や分析のプロセスを「ゼロから構築することが多い」とのこと。難しさにも直面しつつ、やりがいを感じています。
日本では現在、災害の軽減を目的とした「地震火山観測研究計画」という数年がかりの国家プロジェクトが進められています。関東学院大学 防災・減災・復興学研究所も参画しており、大友はこの中で防災システムをどう人に届けるか、システムと人の間を埋めるための分析を行っています。「人の心に届く防災システムのあり方を提言したいですね。あわせて、この研究の後継者を増やすことも重要です。地震などの災害は、何世代にもわたり人類が向き合わなければならない問題ですから」
大友は、災害からの「復興」における人々の心理も研究しています。具体的には、人々が「復興した」と心で感じるまでの時間や、そのきっかけになる出来事を調べています。「復興というと、建物や道路の復旧を基準に考えるケースが多くありますが、人の気持ちにおける復興はまた別の観点で見る必要があると思います。その気持ちがどのように起こるのかを分析しています」
西日本豪雨災害における調査では、人々が復興を感じたタイミングとして、電気・水道・ガスが戻った瞬間や、地域の学校が再開された時が多かったとのこと。また、人々が復興したと心で感じるまでには長い時間がかかることも分かったといいます。
こうした研究を積み重ね、災害時に被災地住民の心理状態を診断して「その結果を基に、地域の政策決定に貢献できたらうれしいですね」と言います。例えば、住民の気持ちがまだ“復興の手前”なら、被災地の活気を取り戻そうとする施策は急がず、逆に“復興した”という意識を住民が持っていれば積極的に進めるなど。また、復興を感じるまでの期間が長い人と短い人の差を分析して、被災者のサポートに還元することも展望します。人の気持ちに寄り添った防災や復興を目指して、心理学を基点とした研究はこれからも続きます。
※本記事は2024年7月に作成したものです。