研究報
Research Expectations

特集:社会連携
研究報
Research Expectations
特集:社会連携
清水 由巳 SHIMIZU YUMI
理工学部生命科学コース教授
学位:博士(理学)
専門分野:ライフサイエンス / 分子生物学
キノコの中には“不思議な能力”を持つ種類があることをご存知でしょうか。「実は、ゴムを分解できるキノコがあるのです」。そう話すのは、理工学部生命科学コースの清水由巳教授です。
さまざまなものに使われているゴムですが、環境問題を考える上では、そのリサイクル方法が課題になっています。「例えば使われなくなったタイヤが、毎年100万トン発生しています。今までは火力発電の燃料に使うなどして、こうした“廃タイヤ”を熱利用(リサイクル利用)してきました。しかし世界中で二酸化炭素を減らす動きが起きる中、火力発電も今後減っていくでしょう。別のリサイクル方法を考えることが重要です」。
そこで注目されているのが、ゴムを分解するキノコの存在であり、清水はそのメカニズムを研究しています。ちなみに分解とは、分かりやすく言えば、元の化合物を2種以上の別の化合物に分けること。企業にとってもゴムの処分は解決すべきテーマであり、この研究に期待している声も多くあるようです。
もともとキノコは“謎多き存在”として研究されてきました。まず、キノコはパン作りに使用する酵母や、味噌などの発酵食品の製造に使用する麹菌などと同じ菌類に分類されます。菌類は、細菌と区別するため「真菌」と呼ばれており、その中に木材を腐らせる木材腐朽菌という種類があります。腐らせるというのは、木材の中のさまざまな化合物を分解すること。さらに、この木材腐朽菌の一つに「白色腐朽菌」という種類があります。廃ゴム処理に利用できるのではないかと期待するのは、この白色腐朽菌です。「ただし、これまでの研究でゴムを分解する能力があることは報告されてきましたが、そのメカニズムはまだはっきりと解明されていません」
そこで清水は、白色腐朽菌のモデル真菌としてブナシメジを使い、ゴムの分解メカニズムを解明しようとしています。仕組みを突き止めることで、「いずれは廃棄されたゴムを部分的に分解し、またゴムの原料としてマテ
リアルリサイクルできるようにしたいですね」。すでにゴムを分解できることが分かっているなら、わざわざメカニズムを調べず、今ある白色腐朽菌を使ってゴムの分解を始めればいい……と思う人もいるかもしれません。しかし、「メカニズムが分かれば応用が効くようになり、より効率的で短時間に分解できる方法が生まれるかもしれません。そもそもキノコの分解はスピードが遅く、廃棄された大量のゴムを分解するには時間がかかります」と清水は言います。
白色腐朽菌がゴムを分解する、という結果だけでなく、なぜそれが起きるのかを追求する。こうした原理や本質を追求する研究は「基礎研究」の枠組みに入りますが、それが後々の応用や社会への活用につながる可能性を秘めています。
現在はメカニズムを解き明かすため、ブナシメジにゴムを与えて、それを分解する過程でブナシメジが産生するさまざまな酵素、ゴム分解産物を分析しているとのこと。「まずはどの酵素がゴムを分解しているのか特定する必要があります」。酵素が作られる際は、その酵素をコードする遺伝子が発現することから、清水はゴムが分解される過程で発現している遺伝子を調べ、酵素を特定しようとしています。「酵素を特定できれば、あえてキノコを用いなくても、酵素を使って効率的な分解の方法を考えられるかもしれません」。
大学時代からずっと真菌の研究を続けてきた清水は、その存在に宿るたくさんの不思議や面白さを追い続けてきました。例えば白色腐朽菌はさまざまなものを分解でき、おそらく地球上で唯一、リグニンという化合物を分解する菌であることも分かっています。また、真菌はヒトの細胞と同じ真核細胞からなる真核生物であり、分子生物学的手法が確立している酵母を使って真核細胞の研究を行うことで「人とはどのような生き物なのかを
知ることにもつながるでしょう」と笑顔を見せます。目に見えないほど小さな微生物、真菌。その存在と向き合うことで、見えてくる未来があります。
※本記事は2024年7月に作成したものです。