研究報
Research Expectations
特集:日々の生活を支えるインフラ
研究報
Research Expectations
特集:日々の生活を支えるインフラ
かつてない速度で押し寄せ、社会の仕組みを根底から塗り替えるAI革命。
指先一つで世界と繋がり、瞬時に最適解が提示される現代において、かつては空想の産物であった人工知能(AI)は、いまや社会を循環する不可欠な存在です。
人々の営みは目に見えぬ演算によって静かに、けれども劇的に日々変化しています。
様々な場面で私たちの理想を現実にしてきたAI。
しかし、技術が発達していく利便性の影で、「人」の存在が脅かされている事実にも目を向けなくてはなりません。
あらゆる事象が効率化される現代において、「人」には何が求められているのか。
複雑で繊細なシステムを活用し、日常の便利さが増す一方で、新しい疑問も生まれています。
なぜ私たちはAIが導き出す答えを受け入れられるのか。
AIを駆使して解決できる課題とはどのようなものなのか。
そして、AIはどこまで「人」と対等な存在でありうるのか。
そうした疑問の矛先は「人」であり、その原点は誰かを思う心、すなわち「愛(AI)」ではないでしょうか。
関東学院大学の研究者たちが向き合っているのは、単なるデータではありません。より確かなものにするために、「人」に目を向けた私たちの未来です。
最先端の技術を使いこなしつつも、人間だからこそ抱ける「問い」を深め、実社会の解決に臨む研究者たちの
「愛(AI)」をご紹介します。
田林 雄 TABAYASHI YU
経営学部 准教授
学位:博士(環境学)
専門分野:環境学
気候変動の影響が社会や日常生活で指摘される中、環境に関する研究がさまざまな分野で行われています。経営学部の田林雄准教授は、河川の水質に関する研究を続けてきました。
特にその中でも、田林が着目してきたのは河川に含まれる「窒素」です。自然界にある物質は、地球上でさまざまな場所や生物の間を移動し、また元の場所へ戻ってくるという「物質循環」を繰り返します。たとえば炭素なら、大気中の二酸化炭素が光合成によって植物に取り込まれ、動物が植物を食べることで動物の体内に移動し、その動物の死後にまた大気中に二酸化炭素などの形で放出されていきます。窒素も同様に循環を繰り返しており、その「窒素循環」について河川の水質を起点に調べてきました。
「水中の窒素が過剰に増加すると環境が悪化し、生物が育ちにくくなるケースがあります。また、窒素循環は炭素循環と連動しているため、地球の気候変動にも窒素の増加が影響している可能性があります。日本では、戦後の都市化が進む中で河川に流れ出る窒素の量が増えてきたと考えられます。そこで昔から現在にかけて、河川における窒素がどのように変化してきたのか研究しているのです」
とりわけ田林が分析しているのは、河川の流域の変化と窒素の関係です。流域とは、ひと言でいえば、降った雨や雪解け水が同じ川へ流れ込む範囲のこと。田林は1945年前後と今を比べて、河川の流域内がどう変わり、それに伴って水中の窒素がどう変化したか調べようとしています。ある河川を対象として、流域の土地利用はどう変わったのか。森だった場所が畑になったことで、窒素に変化は生じているのか。こうしたことを追究していきます。
流域の移り変わりを調べるには、過去と現在の地図を比較する方法があります。田林もその手法を実践してきましたが、ここには1つの課題が存在していました。 「現在の地図データはデジタルで作成されていますが、過去の地図データは多くが手書きです。そのため、昔の地図をもとに流域の変化を算出するには、人が手作業で行う必要がありました。その分、膨大な手間がかかっていたのです」
たとえば1945年当時の地図を見て、この土地が森だったのか畑だったのかを、地図記号から目視で判別する。さらには、その土地の面積を人が計算する……。こうした作業を行う必要がありました。
「昔の地図をスキャンして、コンピュータで読み込ませれば、手作業ではなくデジタルで流域の変化の計算を自動処理できるのでは、と思うかもしれません。しかし、昔の地図は手書きのため、書き方にわずかなブレがあります。同じ意味の地図記号でも、1つ1つに細かな差が見られる。従来のコンピュータは、まったく同じものは分類できますが、“少し違うけれど同じもの”の判別が苦手であり、誤って地図記号を認識するケースも多くあります。その結果、デジタル処理は十分に進みませんでした」
そこで、この課題を解決するために取り入れたのがAIでした。近年、AIによる画像分類技術の精度は飛躍的に向上しており、たとえば「この写真の動物は犬か猫か」といった判断ではAIの正答率が劇的に高くなっています。
その技術を活用し、手書きで書かれた地図記号をAIで自動分類しました。併せて地図上の境界線もAIが認識することで、当時この土地がどう使われていたか、どのくらいの面積だったかを算出できるように研究を進めています。
「今までよりも迅速に、過去と現在の地図を比較することが可能になりました。効率的に行えるので、今後はより広範囲で、土地の変化を算出することもできるはずです。すると、1つの河川だけでなく、もっと大きな規模で分析が進められるのではないでしょうか。たとえばここ数十年の地球上の土地利用の変化と、窒素の関係を調べることも、いずれ可能になると思います」
田林はAIについて、「今まで人間が行っていた作業を、数十倍あるいは数百倍早くこなせるケースもあります。なおかつ精度も高いのですから、使わない手はありません」と笑顔を見せます。日々深刻になる地球環境。その解決を目指す研究者のかたわらにも、AIという心強いツールがあります。
※本記事は2026年7月に作成したものです。